
「Stern, 2004」
マルレーネ・デュマスの回顧展。展示されている作品のほとんどは人物を描いたものなのだが、キャンバス上に映し出された人々は皆、輪郭が滲み、歪んでいて、肌も青白く、あるいは赤黒くただれてみえるために、それらが生きている人物なのか、それとも屍体なのか、そのどちらを描いたものなのかが判然としない。その曖昧さは、観る者の心を宙吊りにしてしまい、ある種の居心地の悪さと、別の意味での心地よさを同時に感じさせる。

「Waiting (for meaning), 1988」
これらの作品群を眺めながら、"Broken White"というこの展覧会のタイトルについて漠然と考えをめぐらせていると、この"White"とは、人体の表面を覆う皮膚のことではないかと思えてくる。何故なら、描かれている人物が皆、皮膚を引き剥がされ、その下に隠れていた肉を露わにするような姿をしているからだ。そしてその背後からは、暴力の匂いが漂ってくる。あるいは、"White"とは、この社会の表層に張られた巨大なスクリーンであるようにも感じられる。デュマスは、この虚像を映し出すスクリーンを破壊し、その背後に隠されている人間本来の姿を描こうとしているのかもしれない。描かれる人物の姿かたちが日常で目にする人間のものとかけ離れているのは、それでもその奇妙な肉体からリアリティーを超えた強烈な生々しさを感じてしまうのは、キャンバスに描かれた人間の身体が裸である以上に裸にされているためなのではないだろうか。

「Death of the Author, 2003」
鑑賞にそれほど時間がかからない比較的小規模な展覧会だったのだが、濃密で刺激に満ちた素晴らしい時間を過ごすことができた。いい出会いだった。ぼくもこんな絵が描けたら、と思った。すっかり興奮してしまったので、久しぶりに図録を購入した。マルレーネ・デュマスの詩やインタビューも掲載されているので、目を通した後、なにかしらここに書き留めておこうと思う。