2005年06月25日

「ライフ・アクアティック」 This is an adventure

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ウェス・アンダーソン監督の「ライフ・アクアティック」を再び鑑賞。やはり傑作。素晴らしい作品だ。その想いが揺らぐことはなかった。なぜ世間の評価がもうひとつぱっとしないんだろう。納得できない。この作品について書くのは2回目なので、今回はネタをばらしながら書いてみる。

*****

『This is an adventure』

スティーブ・ズィスーは海洋冒険家。そして冒険の過程を撮影し、ドキュメンタリーを制作するフィルム・メイカーでもある。前回も書いたように、このスティーブ・ズィスーの創作行為には、ウェス・アンダーソン監督の映画制作のプロセスそのものが投影されている。冒険とは境界的世界への旅である。そして無意識の領域に迫りながら新しい価値を生み出すという、創造的行為と深い繋がりを持っている。つまりこの作品において、冒険とは創造的行為の象徴であるのだと思う。

その創造の現場が物語の舞台に据えられている。この点は前作の「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」とは大きく異なる点である。閉じこもっていた部屋を出て、不確実性に満ちた海へと踏み出すことを決意したウェス・アンダーソンの意思そのものが、この作品に刻み込まれているように感じてしまう。カオス的世界の中で、自らの身に降りかかるなにもかもを受け入れながら、それでもスティーブは海へと向かうのだ。

*****

人生とは、不確実性に満ちた冒険のようなものだ。その不確実性によって、人間はしばしば傷を負ってしまう。チーム・ズィスーのメンバーも、それぞれに傷を抱えながら生きている。とくに父親との関係に問題を抱えるている人間が多いようだ。スティーブ・ズィスー本人もそうだし、クラウスもそう。ジャーナリストのジェーン・ウィンスレット・リチャードソンは、父親を持たない子供を生もうとしている。父親を持たぬまま育ち、母親を自殺で亡くしてしまったネッドもそのひとりだ。

ネッドはスティーブのことを父親だと思い込んでいる。そのスティーブは、自分とネッドの間に血の繋がりが無いことを知りながら、彼を息子として受け入れていく。スティーブの息子として認められることによって、ネッドは生まれ直すことができた。ネッドに嫉妬していたクラウスも、やがて彼への態度を改める。その証として、クラウスはネッドに敬礼してみせる。その滑稽な姿には心動かされるものがある。

ネッドが船中を歩いていると、ジェーンがお腹の中の子供に向かって本を読んで聞かせている姿を見つける。それをきっかけにして、ネッドはジェーンに惹かれていく。ジェーンの姿に、母親の面影を感じたのだろう。ジェーンもネッドを受け入れ、スティーブとの間に奇妙な三角関係ができあがってしまう。

スティーブから、そしてジェーンから受け入れられ、ネッドは新しい人生を生き直そうとする。しかしその矢先に起きた事故によって、彼は命を落とす。このネッドの死はとてもショッキングなものだった。その後、ネッドの亡骸を入れた棺が海に沈んでいく。その様子を眺めていて、思わず涙が出てしまった。

*****

スティーブ・ズィスーは全てを受け入れる。血の繋がらない男を息子として認め、その死も現実として受け入れる。クラウスをBチームからAチームに入れてやる。海賊が残していった、犬のコーディ(脚を1本失っている)を受け入れ、彼との別れもまた受け入れる。くだらない映画祭にも参加する。そうして身に降りかかるなにもかもを受け入れながら、それでもまた海へと向かうのだ。冒険とは創造的な行為のようであり、心の傷を克服するための旅のようでもある。たぶんその全てが冒険なんだろう。冒険とは人生そのものなのかもしれない。そう思えた作品だった。

(関連記事:「ライフ・アクアティック」 人生は冒険である/2005/05/23)
(関連記事:「天才マックスの世界」/2005/02/17)


この記事へのコメント
こんにちは。こちらにもコメントさせていただきます。
映画館の壁に貼りつけてあった記事にあったのですが、
作家だと阿部和重や中原昌也が絶賛していましたね。
中原昌也は、あの微妙なズラし方が良かったと言っていました。

Ken-Uさんがもっとも共感されたのは、「人生は冒険だ!」
というテーマにあるのですね。その気持ちは十分に伝わりました。
ほかの作品だと、映画版『ガープの世界』もこのテーマを前面に押し出しています。
未見であるならば、ぜひご覧になってみてください。
そもそもウェス・アンダーソン監督はジョン・アーヴィングが相当お好きな
ようですし、『ライフ・アクアティック』自体が『ガープの世界』を下敷きに
しているように思います。
Posted by 丞相 at 2005年06月25日 08:29
こちらにもコメントありがとうございます。

丞相さんお薦めの件は、そちらのブログを読んで認識しています。「ガープの世界」は未見なんで、機会があれば観てみたいと思ってます。

ぼくも壁に貼ってあった、EYESCREAMを読みました。あの同世代の作家の先生たちと意見が合うのは複雑な気分なんですよね。阿部氏が指摘していた、ヘリが落ちた後の血の扱いや、ジャガー・シャークに遭遇する時の描写の仕方については、まったく同意します。

2回目なんで、もっとうまく書きたかったんですが、思うようにはかけませんでした。くやしいっす。
Posted by Ken-U at 2005年06月25日 12:42
Ken-Uさんの「ライフ・アクアティック」に関する一連の記事を読ませていただきました。自分のブログで「ザ・ロイヤルテネンバウムス」と似ている、なんて書いていたのですが、同じ監督の作品であることは知りませんでした。まさに浅学。はずかしー。おまけに「天才マックスの世界」までもとは。「天才マックスの世界」は、大分前に見たので印象しか覚えていませんが、とても気に入った記憶、下手をすると感動した記憶があります。
話は戻って「ライフ・アクアティック」。コメディとしての期待(笑いたい)と、つい目を惹かれてしまうおしゃれっぷりを差し引いて、もう一度この映画について考えてみると、Ken-Uさんがこのエントリーの最後のほうで指摘されている「受け入れる」というテーマは、ははー、なるほど。と思いました。そう考えると、にわかに感動的です。愉快な仲間たちの内輪話とは全く次元がちがいますよね。シビアなランク付けも、醜い嫉妬も、蹴落としもある。でも、見捨てることだけはない。かといって去るものは追わない。そこに、作られた感情が排除されていることへの感動を感じます。見終わったとき、ネッドが死んでしまったことはよかったなーと感じていたのですが、それはこういうことだったのかしらん、とひとりごちたり。
追伸:私もたびたび拝見させていただいていました。たまにコメントをしたいときがあったのですが、トラックバックをいただいた、という最初のきっかけをすでに見失っていて、自己紹介の仕方がよく分からずに断念していました。私のブログにリンクしていただくのはなんだかむしろ申し訳ない感じですが、これを機会にこれから精進したいです。私もリンクをさせていただきまうす。
Posted by saffron at 2005年12月07日 13:22
saffronさん、わざわざコメントありがとうございます。

ネッドが死んでしまったのはとてもショックだったんですが、演出的にはとてもよかったんだと思います。でも悲しかったですよ。
ウェス・アンダーソン作品の中では、『天才マックスの世界』はいちばん評判がいいような気がします。もちろんぼくも好きです。しかし、ぼくは『ザ・ロイヤル…』でも激感動してしまい、しばらく涙が止まらなかったような男なんで、彼の作品に対するぼくの意見はあまりアテにならないと思います。

このブログを読んでいただいて、とても光栄ですよ。ぼくはsaffronさんのブログのファンですから。コメントも歓迎いたします。今後も『ワンダーランド駅へ』の更新を楽しみにしてますが、こちらのことは気にせず、マイペースで進めてください。
Posted by Ken-U at 2005年12月07日 15:10
こんにちは。
今ごろになってこの作品をDVDで観ました。ずっと探してたんですけどね。あまりレンタルショップに行かないし、行っても見つけられなくて。
とても、よかったです。おもしろかった。どこが、と言いにくい作品なのですが、いたるところが面白かったです。
帰る者は線を越えろ、という場面で、間違えて線を越えてしまったりする意味の無いシーンが笑いましたし、好きです。
このブログで紹介していなかったら、名前すら知らないままだったと思うので、観る機会もらえて感謝しています。
Posted by トーマス at 2006年06月22日 00:38
この作品、観ちゃいましたか。巷ではとても評判が悪いのが残念です。ぼくにとっては特別な作品なんですけどね。トーマスさんは楽しんでいただいたようでよかったです。
Posted by Ken-U at 2006年06月22日 00:49
TBさせていただきました。

独特のゆるい感覚と淡々としたビル・マーレーの演技。
奇妙な印象が残りました。
Posted by タウム at 2007年11月09日 17:35
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