2007年07月22日

表現の新しい可能性 ― sound and image

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21世紀文化論 第4回講座
『表現の新しい可能性 sound and image』 (芸術人類学研究所)

ゲスト:高木正勝 (Takagi Masakatsu)

このイベントの告知をきっかけに高木正勝の存在を知り、彼のウェブ・サイト(link)をチェックすると、ぼくはすっかり興奮してしまった。彼が生み出した音と映像の断片を覗き見しただけで、もうこれだと直感してしまったのだ。そして久しぶりに多摩美まで足を運ぶことにした。定員200名の会場には人が溢れ、開始直前に入場したぼくは2時間ほど立ち続けなければならなかった。

やがてステージ正面のスクリーンに作品が映し出され、さらに上映と並行して、高木正勝氏と長谷川祐子氏との対談、そして中沢新一氏を交えた鼎談が行われたのだけれど、彼の作品の素晴らしさといったら、中沢氏らの言葉がすっかり霞んでしまうほどの魅力に溢れていた。彼が活動を始めた最初期の、ヴィデオに収められた旅先の映像でさえすでに「作品」の域に達しており、これが才能というものなのかと感嘆し、そこにある種の天才を感じた。けれど、対談の中で、実際の創作活動は地道な情報収集(サウンド、映像イメージの学習)に支えられていることを知り、これは努力の賜物(タマモノ)なのだと自分の安易な印象を修正すると同時に、創作の秘密の領域にわずかながら触れることができたような気がして、そこにささやかな悦びを感じることができた。

さらに興味深く思えたのは、中沢氏が、高木氏の作品を観たときに背筋が寒くなるほどの感動を覚えた、というと、高木氏は、19歳の頃から(彼は現在27歳)中沢作品の熱心な読者であり、彼の書棚には中沢氏の本しか並んでいない、と返すという、高木、中沢両氏の相思相愛ぶりだった。そして高木氏の次の仕事は細野晴臣の映像制作であったり、さらに、このイベントをプロデュースした長谷川祐子氏は『マルレーネ・デュマス ― ブロークン・ホワイト』(過去記事)のキュレーターであったりと、脳内で過去の経験がいろいろと繋がり、広がっていき、その連鎖が新たな刺激として脳内にフィードバックされていくのが心地よかった。風邪を押して観にいくだけの価値のあるとてもよいイベントだったと思う。


posted by Ken-U at 19:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸術人類学(中沢新一) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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