2007年12月22日

「くっすん大黒」 その影と向き合うこと

町田康著 『くっすん大黒』 (文春文庫)

三年前、ふと思い立って仕事を辞めた男は、何もせず、ぶらぶらしているうちに妻に逃げられてしまう。取り残され、虚しさにやりきれなくなったその男は、誰もいない家の中に自分の影を見出す。よく見ると、それは大黒様のかたちをしていた。

machida_daikoku.jpg東信に向けた短い言葉がとてもよかったので、町田康の小説を読むことにした。だからそれなりの心構えで読み始めたのだけれど、半ばあたりの「へんざない」のくだりで吹き出しそうになり、すっかり気持ちが緩んでしまって、影がどうしたなどという小難しいことはどうでもよくなり、それ以降は独特のリズムに乗ったドタバタを楽しみながら読み進めた。くだらない厄介事に振り回されて右往左往する駄目男たちの姿はなんだか馬鹿馬鹿しくも思えてくるのだけれど、この世が馬鹿馬鹿しさの集積体であることを考えると、これはこれでありなのだと思える。ただ、確かにとても馬鹿馬鹿しいのだけれど、馬鹿馬鹿しさの中にもいろいろとあって、少し間を置いたあとに、

なんとも歩きにくいことであるよなあ、って、砂浜。(p.80)

みたいなフレーズが挿んであって、そこで思わずぐっときてしまう。この感覚は、ジム・ジャームッシュの初期の作品群を観たときに感じたものとどこか似ていて、なんだかなあ、という気持ちと、町田康、いいやつだなあ、という気持ちがゆるゆると心の中で入り混じるのだった。

男は、自分を駄目にするその影を捨て去ろうと決心し、彼なりにいろいろ手を尽くしてはみるのだけれど、結局、それが自分の影であるがゆえに捨て去ることができない。というか、捨てるどころかその闇の部分に対する愛着は増すばかりで、仕舞いには、バランスが悪く、すぐにごろんと転がってしまうその影を、修復して、なんとか立たせようと試行錯誤するのである。そんな男の滑稽な姿が滑稽に描かれていて好感が持てた。


posted by Ken-U at 17:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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