今回鑑賞した作品の中で、とくに心を動かされたのは「乱れる」、「乱れ雲」。この2本については、感動するというよりも、胸を抉り取られるような感覚を覚えた。観ていて呻き声が出てしまうような作品は、そうないと思う。
あとは、「晩菊」が良かった。地味な作品だけど、悲喜劇的な演出を通して、人間が持っている心の柔らかさが魅力的に描かれていたように思う。
林芙美子の原作ものでは「放浪記」。この作品には泣かされた。言葉の力だけを支えに生き延びようとする女。その姿に、成瀬巳喜男の想いが重ねられているような気がした。
もちろん彼の代表作、「浮雲」も忘れてはならない。集大成的な位置づけの作品だから、成瀬を知るために1本だけ作品を観たいという人には、この作品を薦めることになるだろう。
敗戦後、急速に変容するこの国の影の部分。引き裂かれ、消え去っていく、儚くて美しいものたちを執拗に描き続けた成瀬巳喜男監督。ぼくは彼の思想というよりも、彼が私的に背負っていたものや、その生い立ちに興味が向いてしまう。
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この特集を通じて、半世紀前の日本の姿を垣間見ることができたような気がする。まだ路地の舗装が行き届いておらず、木造の家屋が建ち並んでいるような世界。僅かに残されていた社会の柔らかさが、そこに表されているような感じがした。
成瀬作品が娯楽映画として成立できたのも、日本人の心の中に柔らかさのようなものが残されていたからなんだろう。多くの人々が、表層の先にある奥深いものを汲みとりながら、心を動かしていたんだと思う。
「戦後」が終わったとされ、日本経済が発展を遂げる中で、社会の硬質化が進んでいく。そして映画産業にも翳りがみえ始める。こういった社会の変容にあわせるように、成瀬作品にも鋭さが増していった。その変化を眺め、今を眺めながら、未来について想いをめぐらせた。これからも機会をみつけて、成瀬作品を鑑賞したいと思う。
以下に、成瀬作品に関するエントリーをリンクしておく。
2005/09/30 「女の座」 庭の石を描く
2005/09/27 「流れる」 狭間に立つ柳橋
2005/09/22 「乱れ雲」 そして引き裂かれる
2005/09/21 「乱れる」 そして掻き乱される
2005/09/20 「浮雲」 戦後日本が滅ぼしたもの
2005/09/15 「おかあさん」 静かな家庭崩壊劇
2005/09/12 「成瀬巳喜男 記憶の現場」(ドキュメンタリー)
2005/09/10 「放浪記」 それでも書き続ける女
2005/09/08 「晩菊」 金が引き裂くもの
2005/09/07 「妻」 怖い女に翻弄される男
2005/09/06 「妻よ薔薇のやうに」 金と情をめぐる家族の絆
2005/09/06 「めし」 女のしあわせとは
後日追加:
2006/01/26 「驟雨」 紙風船のような
2006/01/27 「妻として女として」 自滅する父権的共同体
2006/01/27 「女の中にいる他人」 境界を越えてしまった男
でも、Ken-Uさんイチオシの作品が見られたことが、ふつふつと嬉しかったので、トラックバックさせてくださいね
当初は10本以上も観ることになるとは思いませんでしたが、観ているうちに、もう止まらなくなりました。
あと1,2本録画したままの作品があると思うので、機会をみて鑑賞したいと思ってます。
ただ、成瀬に感動したのか、林芙美子の言葉に感動したのか、ちょっと微妙だったのですが。。。
ついつい東京国立近代美術館フィルムセンターまで足を運んでしまいました。
『放浪記』を観ていると、そういう気がしますね。林芙美子の言葉と、高峰秀子の演技、そして成瀬巳喜男の演出が見事に重なり合っているんだと考えるようにしています。
『放浪記』でふみ子が暮らしていた家は、いまぼくが住んでいる場所のすぐ近くなんです。とても縁を感じる偶然なんですが。ふみ子が歩いた墓地もすぐ近くにあります。ぼくも東京国立近代美術館フィルムセンターに行ってみたいですね。ネットでサイトをチェックしたりはしてるんですけど。
近所なのかな?
あの映像を見ていると、私が生まれるずっと前の景色なのに、成瀬映画の多摩川の様子がとても懐かしい気がしました。
http://in-prep.seesaa.net/article/8503422.html
お散歩中にすれ違っているかもしれませんね♪