2008年01月13日

「エロティシズム」 黙殺される暴力の衝動とは

ジョルジュ・バタイユ著 『エロティシズム』 (ちくま学芸文庫)

そこに近づくことは禁じられている。けれどわたしは、この世の果てに広がるその荒々しい無秩序の世界に想いを馳せる。その禁断の世界は、わたしの胸を締めつけ、そして魅了し、誘惑するのである。

l'erotisme00.jpgたしかに、人間は過剰な暴力を抱えた生き物なのだと思う。しかし社会の高度化を推し進めようとする人間は、その暴力を人間自身から隔離し、外部化したうえで、偽装し、隠蔽するのである。自然界とつながるこの暴力の領域は、わたしが暮らすこの世界の内側には無いものとされている。が、たしかに存在するのである。ただ、それは明確な輪郭を持たないがために言葉で言い表すことができない。それは人間を沈黙の領域へと追いやってしまうのだ。

バタイユは、本書においてそれを「エロティシズム」と呼び、その存在を指し示そうとしている。ただし、言葉によってその禁断の領域に辿り着くことは不可能であるため、彼は直線的にそこへ向かうのではなく、その周辺を繰り返し迂回し、あるいは論理の飛躍によって一気にその核心にせまりながら、エロティシズムというかたちなきものの像を浮き立たせようとする。

『言葉においては私たちは、私たちにとって重要なものを把握することができない。この重要なものは、言葉においては、相互に依存しあう命題のもとに姿が見えなくなってゆく』(p.466)

バタイユのいうエロティシズムとは、あえて乱暴にいえば、死なずして死ぬこと、死のうと願うこと。つまり生の極限で死と交わることであると思う。その極限の地平では、生と死が、光と闇が、苦しみと悦びが溶け合いながらわたしの輪郭を破壊し尽くす。わたしという不連続の存在が連続性の波に飲まれ暗闇の奥底へと沈み、消失する。こうして死はわたしのすべてを奪うのだが、その一方で、わたしを無限の広がりの中に解き放つのだ。だからわたしは、死を畏れていながら死に魅せられてしまうのだろう。

*****

ただし、バタイユの言葉にはやはり古めかしく感じられる部分もある。とくに彼の女性観には差別的なところがあり、その古い価値観を不快に思い、それを理由に本書を遠ざける人もいるのではないかと思う。そこは彼が生きた時代、地域という背景を割り引く必要があるのだけれど、だからといって人間がその核の部分にエロティシズムという暴力の情動を隠し持っているという事実が揺らぐことはないだろう。そこでバタイユを否定するのではなく、乗り越える必要があるのではないだろうか。

ところで、バタイユを乗り越えるといえば、本書を読み進めていて思ったのは、その内容が中沢新一の『カイエ・ソバージュ』(過去記事)と驚くほど重なって感じられたということで、思えばたしかに、あのシリーズの序文のどこかにバタイユ思想の再構成という言葉があったような記憶がある。あのシリーズ5冊は、きっと以下のバタイユの言葉を受けて編まれたのだろう。

『言葉は、禁止と侵犯の戯れから独立して存在しているわけではない。それだから、哲学は、もしも個々の問題の全体を極めつくそうとするならば、禁止と侵犯の歴史的分析から出発して、それら個々の問題を検討し直さねばならない。まさしく起源への批判に立脚した異議申し立てにおいてこそ、哲学は、哲学への侵犯に成り変わり、存在の頂点に到達するのである』(p.470)

*****

この世界は、「重要なもの」を隠蔽したまま膨張を続け、その極限を目指し今も前進を続けている。しかしその張り詰めた世界の表面にはところどころ綻びがあり、その裂け目からこの世界が抱える矛盾が歪んだかたちで噴き出しているような気がする。手遅れになる前に、影と向き合う必要がある。そこに人間の成熟があるのではないかと思う。

関連記事:『図版の一部』(link)
posted by Ken-U at 19:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
バタイユで検索掛けて、たまたま通りかかりました。

バタイユ、惹かれる物もあっても、エロや暴力を過度に分析の中心に於いてる感じが好きじゃないんだよなぁ…。



Posted by nanomen01 at 2009年01月15日 17:09
nanomen01さん、

たしかにバタイユの文章はエロスや暴力に比重を置いているように思えます。が、実際、人間の心の奥底には闇の部分があるのだという事実に気づかせてくれる。そんな一面もあると思いますよ。
Posted by Ken-U at 2009年01月25日 00:40
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