2008年05月06日

「予告された殺人の記録」 不合理な死、生贄の儀式

G. ガルシア=マルケス著 『予告された殺人の記録』 (新潮文庫)

原題:『CRONICA DE UNA MUERTE ANUNCIADA』 / 野谷文昭訳

その男は殺される運命にあった。

cronica_de_una_muerte_anunciada01.jpgこの作品は、コロンビアのある田舎町で実際に起きた殺人事件をもとにした小説である。訳者のあとがきによると、ガルシア=マルケスは、当初、この事件のルポルタージュを作成するつもりだったのが諸々の事情でそれを断念しなければならなくなり、その後、関係者がこの世を去ったのちに、この事件をフィクションとして小説というかたちにまとめることにしたのだという。

そうした経緯もあって、本作に登場する「わたし」は、報道記者の立場をとりながら事件の経過を淡々とした語り口でたどっていく。その冷徹な視線によって、それに冒頭で被害者の悲惨な運命がすでに明らかにされていることから、その男がたどる結末だけではなく、そこに至るまでの過程においてすでに町中に陰惨な空気が漂っており、その視線の冷たさと殺人行為が生み出す熱の対比がこの事件の悲劇性を際立たせている。

ところで、男はなぜ殺されなければならなかったのだろう。その理由はあるにはあったのだけれども決定的なものではなかった。実際、彼を殺そうとする男たちは凶器を手にしながら躊躇していたのだ。「わたし」が言うように、男たちはむしろ誰かが止めてくれるのを待っていたのかもしれない。しかし、誰も彼らを止めようとはしなかった。立場上、制止する振りをする者はいても、最後は男たちから目を離してしまう。そうするうちに、彼らは凶器を振りかざして男を滅多切りにしてしまうのだ。彼らは自らの意思で犯行に及んだというより、そうせざるを得ないところまで追い詰められてしまったのである。事件までの過程を追っていると、なにか目には見えない力が人々を殺人へと駆り立てているかのように思えてくる。町の住人がみな殺人を欲しているように思えてくるのだ。町中の誰もがこの殺人劇に加担している。男はあの兄弟に惨殺され、かつ町の住人たちに黙殺されたのだ。そうすると、この事件の原因をあえて挙げるとすれば、それは人間の殺人への欲望であり、この事件はある種の供犠であって、殺された男は生贄であり、その前夜に執り行われた盛大な結婚式は供儀の前夜祭である、と考えられる。しかしそれでも、なぜこの町が生贄を必要としたか、という疑問は残るのだけれど。

人間はみな心の奥底に得体の知れない闇を抱えていて、その暗闇はなにかのきっかけで人間を殺人へと突き動かす。禁欲を美徳とする神父ですら、遺体解剖をきっかけとして、内に秘めていたはずの残虐性を人前で平然と曝してしまうのである。社会は常に生贄を求めている。


posted by Ken-U at 01:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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