2005年11月29日

「夜這いの民俗学」 柔らかな性の世界を覗く

赤松啓介著『夜這いの民俗学』を読了。ちくま学芸文庫。この『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』は、94年に刊行された『夜這いの民俗学』と『夜這いの性愛論』をあわせたもの。その前半部分を読み終えた。

yobai.jpg夜這いとは、村落共同体を維持するための慣行だった。その規則は住民たちによって細かく決められていて、その取り決めはムラごとに異なる。その差異は、ムラの規模や性格によるものだとされている。
夜這いが解禁される基準も、ムラによって異なるけれど、13歳から15歳という年齢がひとつの目安となっている。

ムラの男は13歳でフンドシ祝い、15歳で若衆入りという通過儀礼がある。13歳で初めてフンドシを締める。その後、15歳で成人と見做され、若衆という成人男子の集団への参加が許される。この若衆入りを果たすと、筆下しといって、ムラの女がセックスを教えてくれる。その相手は、後家、嬶(かかあ)、娘、尼僧と様々で、くじ引きなどで決められることが多かった。場合によっては実の母親や肉親がその相手になることもあったけれども、その場合でも、相手の変更は禁じられた。それは、筆下しが宗教的儀礼だったからで、神社や寺院の堂がその舞台となった。この筆下しがすむと、夜這いをすることが許されるようになる。

女性の場合は初潮、あるいは13歳を節目として成人と見做され、おはぐろ祝い、またはコシマキ祝いが開かれた。その後、しばらくすると水揚げとなる。親がその相手を探し、依頼することが多かった。水揚げはムラの年長者で、セックスがうまいのはもちろんのこと、人柄がよく、その後も娘の相談相手になることができるような男性が選ばれた。その水揚げを経ることによって、その娘に対する夜這いが解禁となった。

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ただし、これは一部の例であって、それもムラの公式な手続きに過ぎず、実際のところは男女を問わず、こういった儀礼を待たずにセックスを経験することが多かったようだ。
夜這いを仕掛ける相手も未婚の娘とは限らず、婆、後家、嬶、嫁でも夜這いが許されるムラも多かった。その場合は、夫もそれを受け入れなければならなかった。夜這いによって妊娠し、子供が生まれることもあったけれど、夫はその子供を自分の子として育てるのがあたりまえだった。

村落共同体における性はとても解放的で、一夫一婦制はあくまでも建前的なものにしかすぎなかったようだ。結婚したからといって、その相手を性的に独占できるわけではなく、離婚も簡単だった。風呂敷包みひとつ持って家を出れば済むようなことだったらしい。それで女性の名誉が傷つくことも無く、三婚、四婚も珍しくはなかったようだ。この結婚のあり方は、網野義彦氏の著書で引用されていた、ルイス・フロイスの『日欧文化比較』の内容を思い出させる。

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夜這いの世界を覗き見ていると、、近親性交も含めて、ムラの中の男女はほぼ全員が自由に交わっていたんじゃないかと思えてくる。近世から近代にかけて、社会の硬質化が進められ、主に平野部がその制度に染められていったのとは違って、山間部(や漁村)は昔ながらの「未開」の領域をその制度の中に残していたということだろう。少なくとも、1930年代までは夜這いがほぼ全国で行われていたようだ。解説の上野千鶴子氏によると、1950年代までは、漁村を中心としてこの慣行が残されていたらしい。しかし、高度経済成長期の村落共同体の崩壊と共に全滅したとされている。

夜這いの起源については諸説あるようだけれども、赤松氏は、中世の末期、南北朝の戦乱期における村落共同体の変容が、夜這いの成立と深く関わっているのではないかと述べている。村落に限らず、この時期は大きな社会構造の変革期に当たるのだろう。

ムラでは、中世からの柔らかい性のあり方が保存されたのとは対照的に、マチの性は大きく変容した。近世に入り、家父長制、一夫一婦制が社会に浸透していくのと同時に、マチには遊郭がつくられ、カオス的な性は隔離されるようになり、行政に管理される。ムラでは神聖な儀式であったセックスが、マチの中で産業化され、大きな富を生む。この流れは、近代に入ってさらに加速していく。やがてムラの女性たちはマチへと流れ、女工、女中、あるいは娼婦として働くようになり、村落の弱体化へと繋がっていく。

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本書を通して、夜這いの実態というか、はるか昔からつい最近まで残されていた日本人の「未開」な性のあり方を垣間見ることができた。これで、夜這いに関する自分の認識を改めることもそうなんだけれども、性のあり方そのものに関する価値観をも揺るがされたような気がした。

現代は、社会の硬質化を極限まで進めようとしている。その運動によって経済的な豊かさやある種の自由が手に入るようになった。現代人は、その恩恵を受ける一方で、未婚や少子化、あるいは、少女や主婦の売春などの問題を抱えてしまっている。結婚制度の崩壊や、女性の性のあり方については、狭い価値観の中では解決することができないかもしれない。深遠な夜這いの世界を覗き見ながら、そんなことを考えた。

さて、残りの『夜這いの性愛論』を読了したら、またその雑感を書き留めてみることにしよう。

(関連記事:「夜這いの性愛論」 日本の性の近代史/2005/12/12)
(関連記事:「中世の非人と遊女」 柔らかな社会の姿/2005/02/22)
posted by Ken-U at 18:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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