荒木経惟 『67 反撃』"67 Shooting Back" (タカ・イシイギャラリー)

彼女の回顧展のタイトルにもなった、マルレーネ・デュマスの「Broken White」(2006年)という作品は、ぼくが敬愛する荒木経惟のある写真を下敷きにして描かれている。その荒木の作品は、性交の只中にあると思われる若い女性の上半身を写したモノクロ写真で、少女のようにもみえるその女性が苦悶に喘ぎながら恍惚に浸っているような、あるいは悦びの絶頂の中で死を迎えつつあるような、静けさと荒々しさの狭間でまどろみながら複雑な表情を浮かべる瞬間を捉えている。デュマスは、荒木の作品から発せられるそのイメージを保ちながら、女性の乳房や腕、膝などをフレームから外し、その表情だけを抽出してキャンバスに移し変えた。描かれる女性の髪の黒とわずかに残された背景の赤、そして額や頬の白と顎のまわりに浮かぶピンクの対比が強く印象に残る作品である。この荒木とデュマスの作品を見比べながら、それぞれが持つ美しさを堪能すると同時に、自分が好んでいる作家同士の繋がりに興奮を覚え、帰宅後、デュマスの図録をめくりながらネットで荒木の作品展情報を調べて、この『67 反撃』に辿り着いた。
荒木経惟の67歳の誕生日にスタートしたこの個展は、200点あまりの彼の作品群によって構成されている。各作品は壁面に隙間なく並べて展示されており、それぞれが単独のものでありながら独立しておらず、それら作品同士が互いに作用し合いながら独特の「流れ」をかたちづくっている。ここでは夕焼けに赤く照らされた空ですら淫らにみえる。男性的な太陽と女性的な大地の交わりの中で、この世界のすべてが官能の赤に染め上げられてしまうのだ。
ところで、タイトルにある「反撃」とは何を意味しているのだろう。アラーキーは、これから何に対して反撃を始めるつもりなのだろうか。多様の美、猥雑の美の反撃、ということなのだろうか。参考までに、この個展に寄せた荒木自身の言葉を以下に引用しておく。
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「アラーキー67才。6x7カメラ、フィルム写真のデジタル写真への反撃。
筋ジストロフィーの女の子、こいつの普通の女の子への反撃。
ブス女の子のアナウンサーのような綺麗な女の子への反撃。
世間が『きれい』とかいうのは、周りがつくった要素が大きいんだよ。
やっぱり写真を撮るなら、汚いところがあって、欠点だらけでも生きている、
ほんとの女を撮らなくちゃね。俺はずっとそういうところを撮りつづけているわけだよ。」
荒木経惟
posted by Ken-U at 15:55|
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写真(荒木経惟)
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