2005年07月24日

映画「ホテル・ルワンダ」情報

きのう観たルワンダ大虐殺についてのドキュメンタリー番組は、あくまでも元PKO司令官(カナダ人)の視点から描かれていた。その内容には少し物足りなさを感じたというのが正直なところだ。だからというわけでもないけれど、あの大虐殺を別の視点から描いた映画についても書き留めておく。

映画「ホテル・ルワンダ」は、あの大虐殺の中で実際にあった話を元に制作されている。ホテル・マンとして働いているフツ族の男ポールが、彼の妻を含めたツチ族の人々をホテル内にかくまい、彼らの命を救おうと奮闘する姿が描かれているらしい。
しかし残念なことに、この作品は日本未公開で、まだその予定もない。国内の配給会社がまだ決まってないようだ。

10年前、世界は80万人以上のルワンダ人を見殺しにした。そして現在、その虐殺をテーマにした映画が日本国内で黙殺されようとしている。その現状にはつくづく考えさせられてしまう。

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「ホテル・ルワンダ」の日本公開に向けた署名活動が開始されています。下のバナーからサイトへアクセスできますので、是非ご覧になってください。

banner_hotel_rwanda.jpg


(関連記事:ルワンダ大虐殺を振り返る/2005/07/24)
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2005年07月20日

「ブルース・ブラザース」 EVERYBODY NEEDS SOMEBODY TO LOVE

bluesbrothers.jpg今日は録画しておいたジョン・ランディス監督の「ブルース・ブラザース」を鑑賞した。久々に観たけど、思ったよりも楽しむことができた。

この作品の最大の魅力は、本物のR&B (Rhythm And Blues)が楽しめるところ。制作側のR&Bに対する愛情や敬意がよく伝わってくる。制作側っていうより、そのあたりはダン・エイクロイドの功績なのかな。音楽以外では、ド派手なカー・アクションが痛快。もうパトカー潰しまくり。ほかにもいろんなもん破壊しまくり。もちろんCGなしの方向で。

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イリノイ州の刑務所から釈放され、3年ぶりに娑婆に戻ったジェイク・ブルース。彼を出迎えたのは弟のエルウッド。ふたりは、自分たちを育ててくれた、カトリック教徒が営む養護施設へと向かう。ところが、その貧しい養護施設は固定資産税を払えずにいて、教育委員会へ売却されようとしていた。施設を救おうと願うジェイクは神の啓示を受け、ブルース・ブラザースの再結成を決意する。バンドでひと稼ぎして、5,000ドルの税金を払おうというのだ。

ジェイクは教会の中で神の啓示を受けるんだけど、そこの牧師を演じてるのはジェイムス・ブラウン。で、JBのゴスペルが鳥肌もの。教会内は盛り上がりまくり。そりゃー神様も振り向くさって感じ。その他にもブルース界の大御所であるジョン・リー・フッカー(ストリート・ミュージシャン)や、アレサ・フランクリン(食堂の女将)、レイ・チャールズ(楽器屋のオーナー)、キャブ・キャロウェイ(養護施設の従業員)のパフォーマンスを観ることができる。お宝映像が満載といった感じ。
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2005年07月15日

「フィルモア/最后のコンサート」 それでも生き延びた男

fillmore0.jpg

録画しておいた「フィルモア/最后のコンサート」を鑑賞。1971年に閉鎖された伝説的ライブ・ハウス、「フィルモア (Fillmore)」。その閉鎖直前のライブ・ステージを取材したドキュメンタリー・フィルム。

サンフランシスコの「フィルモア・ウェスト」で繰り広げられるライブ・ステージの様子。しかしながら音楽はいまいち。若き日のボズ・スキャッグスやジェファーソン・エアプレイン、グレイトフル・デッドのライブ映像が収められているけど、そのあたりには興味が持てない。女性ボーカルは皆ジャニスっぽい。唯一かっこよかったのは、ラストを飾るサンタナのライブ。ラテンのリズムに気分が高揚してしまう。あと、公民権運動以降の世相が反映されているということなのか、観客は白人ばかりだった。ミュージシャンもそう。白人が黒人の音楽をプレイするのを白人が喜んで観ているという構図がとても印象的だった。

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このドキュメンタリーで興味深かったのは、ライブ・ステージよりもフィルモアの創設者、ビル・グレアムの方だ。子供の頃(40年代)、彼はユダヤ人難民としてアメリカに移住している。ドイツ生まれのグレアムは、生まれてすぐに父親を失い、ナチスから逃れるために母親とも別れて、自由の地アメリカに流れ着いた。彼は、10歳までの記憶を忘れてしまったという。その後、難民孤児の施設に入り、ある里親に"ペットを選ぶように"引き取られたそうだ。
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2005年07月14日

マーケティングは創造性を殺すか

ここのところ映画を観てないな。10日くらい遠ざかってるのか、もうずいぶん観てないような気がする。半額で借りてたのに、観る時間なくて返したビデオもあったな。もったいない。「カタクリ家…」は途中からチラッと観たくらいだったし。

劇場でも観たい映画が数本ある。どのタイミングで観に行こうか。外せないのはクストリッツァ。それにあと2-3本って感じかな。

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『米映画界は20年来の不入り=観客はリメークや続編に失望』(Yahoo! NEWS)

『ルーカス監督、「大作映画の終焉」を予想』(HOT WIRED)

hollywood01.jpgアメリカで映画の興行成績が悪化しているようだ。詳しいデータがないのでなんともいえないけど、ニュースを読む限りは新作がリメイク・続編ものばかりだったり、DVDのリリース時期が早まっていることが不振の原因らしい。でもDVDの方はうまくいってそうだから、トータルではどうなんだろう。でもルーカスが1億ドル以上の投資がかかる作品はつくらないと言ってるところをみると、トータルでも減少傾向なんだろうか。

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映画にもそれなりの歴史があって、その情報はアーカイヴとなっているわけだから、それを参照しながら制作に取り組むっていうのはプロとして当然だと思う。ただ程度の問題だよな。そのアーカイヴがITやマーケティングの技術と結びつくことによって、生み出される新しい作品が均質で平坦なものになってしまうっていうのは事実だし。数年前に、ハリウッドには脚本制作の為のアプリケーション・ソフトがあるなんて話を読んだことがある。PCにパラメータ入力していけば脚本ができる、みたいな。それはちょっといき過ぎなんじゃないだろうか。それっていかにもアメリカ的だけど。

ただ、アメリカっていうか、ハリウッドも変わってきてるような気がする。最近観た映画でも、「ライフ・アクア…」や「さよなら、…」はもちろんのこと、王道であるはずの「ミリオンダラー…」でさえ、ひと味違ったハリウッド作品のように思えたし。共通するのは、私的な要素を作品の中に持ち込んでるってところだろうか。単純なハッピー・エンドでもなかったし。ハリウッド映画の主流もこれから変化していくんじゃないだろうか。

いろんな技術が成熟し、洗練されてしまったことによって、かえって仕事がしづらくなるっていうのは、映画業界だけの話でもないんじゃないかな。それはいたるところに蔓延してるような気がするし、その実感もある。これって終わりの始まりのような、新たな始まりの始まりのような...まあどちらにしても今は過渡的な時代の真っ只中ってことなのかな。なんか話がそれてしまったけど。
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2005年07月01日

「メリンダとメリンダ」 洗練された悲喜劇

melinda1.jpg今日は映画サービスデー。1,000円でウディ・アレン監督の「メリンダとメリンダ」を鑑賞。

夫と離婚して落ち込んでいるメリンダが、友人夫婦との関わりの中で新しい恋と出会う様子を、悲劇と喜劇の双方の視点から描き分けた物語。さすが大御所、ふたつの物語を巧みに描ききっていた。

ただし、ちょっとおとなしい作品だった。全体的に笑えるところが少なめだったような気がする。ウディ・アレン本人が出演していないというだけではなく、全体的なトーンがちょっと低めで、淡々と物語が進んでいくような印象。毒っ気も少ないし。そういう意味では少し物足りなかった。本人出演が嫌いな人にはいいのかもしれないけど。

前作(実際は前々作)の「さよなら、さよならハリウッド」からの流れで深読みすると、彼は映画制作上なにかしらの問題を抱えているんだろうか、などと考えてしまう。前作からのリバウンドが大き過ぎるような。いきなりFOXで撮ってるし。ラストのセリフのやりとりを聞いていると、年老いたせいで枯れてしまったのか、とも思えてくる。でもまあ、昔からそういう感じでずっとやってきた人だから、また弾けた感じに戻るんだろう。早く新作が観たいところ。

しかし、年明けには「Anything Else」が公開されるらしい。実際には「メリンダとメリンダ」の前に撮られた作品だ。毎年コンスタントに発表されるアレン作品なんだから、日本でも同じように公開してほしいな。ぼくにとっては「釣りばか日誌」のようなものなんだから。
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2005年06月02日

「狼たちの午後」 ニューヨークの夏はかなり暑いらしい

dogday01.jpgBSで「狼たちの午後」を鑑賞。シドニー・ルメット監督。

原題は「DOG DAY AFTERNOON」。ニューヨークの夏はかなり暑いというお話。でもこの邦題はどうなんだろう。「狼」って...

ベトナム帰りのソニー(アル・パチーノ)。彼は冴えない仲間ふたりと組み、銀行強盗を企てる。しかし慣れない仕事にモタついてる間に、警察やFBIが現場を取り囲み、さらにメディアや野次馬が大挙押し寄せ、そこは舞台と化してしまう。
その舞台では、ソニーを中心とした喜劇が演じられる。ベトナム、貧富の差、過剰なメディア(TV)と劇場型犯罪、同性愛、etc...アメリカというか、現代社会が抱える問題が次々と舞台に持ち込まれる。観る者は、それでも笑うしかない。演じる役者たちが真面目であればある程笑えてしまうのだ。よくできた喜劇である。

限られた舞台の中で、そのテンションを見事に維持させてしまうアル・パチーノ。さすが舞台役者。そして移民の子(それは関係ないか)。ラストにみせる表情がまたとてもいい。

こういう状況って、喜劇的に描く方が意外とリアリティあるのかもしれない。その方が日常に近いんじゃないかなんて思ってしまった。もう笑うしかないって状況は意外に多いような気がする。
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「ミリオンダラー・ベイビー」 TOUGH AIN'T ENOUGH

million_dollar_baby.jpg今日は映画の日。渋谷でクリント・イーストウッド監督の「ミリオンダラー・ベイビー」を鑑賞。観終わった後、しばらく立ち上がることができなかった。そんな作品。公開直後なので、ネタバレをしないように雑感を書き留めてみる。

この「ミリオンダラー・ベイビー」は、イーストウッド監督にとってとても私的な作品なんだろう。そういう印象を受けた。人間は老いていく中で、いろんなものを見つめ直すものなのかもしれない。とくに、人生の中で自分が何を失ったのかということに対して、とても敏感になってしまうものなのかもしれない。

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プロ・ボクシングは貧しい世界で生きる人達のものだ。チャンピオンになれば、社会の階層を突き抜けて英雄になることができる。もちろん多くの富を得ることもできる。ボクサーにはそれぞれ背負うものがあって、それを拳に込めながら互いにぶつけ合う。そこには人生のある一面が凝縮されているような気がする。

ボクシングは理屈ではない。というのは、クリント・イーストウッド演じるフランキー・ダンの言葉。痛みから逃げるのではなく、そこへ向かっていくのがボクサーだという。そしてボクシングは尊厳のスポーツだと。人の尊厳を奪い取るスポーツだという言葉が印象に残っている。

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この作品が私的なものであると感じた背景には、リラリー・スワンクの存在も影響しているのかもしれない。彼女は貧しい環境の中を、母親とふたりで生き抜いてきた人だったはずだ。前回オスカーを受賞した年の収入でさえ恐ろしく低いものだったらしい。その生い立ちは、彼女が演じたマギーのものと重なって見えてしまう。

そのマギーと、彼女のトレーナーであるフランキーの関係が、ボクシングの世界を通して描かれている。そのふたりが紡ぐ物語は、悲劇的にみえるけれど、ある意味でハッピーエンドとも思えてしまうような、とても複雑なものだった。トレーナーになる以前に、フランキーは応急措置のスペシャリストだった。そこもストーリー上のポイントになっているんだろうと思う。

でもこういう作品がオスカーを獲得できたっていうのは、とても興味深いことだ。とにかく、人生を生き抜くためにはタフなだけではだめだということを肝に銘じておきたい。
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2005年05月18日

「スケアクロウ」 アメリカは滑稽なカカシ

scarecrow01.gif「スケアクロウ」/ジェリー・シャッツバーグ監督

パッケージと目が合ってしまい、思わず借りてしまった。とても好きな作品。ジーン・ハックマンとアル・パチーノの競演というところだけでもうやばい。この2人が共に旅をするという、ロード・ムービーのルーツ的作品といえるのかもしれない。

冒頭のヒッチハイクのシーンだけで、この作品が素晴らしいということがわかる。ジェリー・シャッツバーグという人は、ファッション・フォト出身だということで、なるほどそうかと納得してしまった。

妻を捨て、船員として仕事をしていたフランシス(パチーノ)と、刑務所から出てきたばかりのマックス(ハックマン)。ふたりは同じ場所でヒッチハイクをしたことがきっかけとなり、行動を共にするようになる。マックスは人間不信で、人を愛したことはないという。寒がりで、冬でもないのに厚着をしている。それに喧嘩っ早い。フランシスの性格はとても対照的。いわゆる道化者。いつもおどけて人を笑わせる。フランシスは、怒らせるのではなく笑わせれば争う必要がないとマックスに告げる。

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ここでふと気づいたのは、この映画には反戦映画という側面があったんだということ。73年といえば、アメリカがまだベトナム戦争の泥沼にはまっている時期だ。フランシスはマックスにカカシの話をする。カラスはカカシを怖がってるんじゃない。間抜けな服を着て、間抜けな帽子をかぶったカカシを見て笑うんだと。カラスはカカシがいいやつだと思ってるから、カカシの立ってる畑は荒らすまいと思ってるんだという。そして自分たちはカカシなんだともいう。ここでカカシは、フランシスやマックスだけではなく、その背後にあるアメリカの姿とも重ねられている。
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2005年05月07日

21グラム 人生の不確実性との対峙

21grams.jpg昨晩録画しておいた「21グラム」を鑑賞。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督。とてもスキルフルな人。ヴィジュアルも良いし俳優陣も好演している。でも観終わったばかりで、正直どのくらいいい映画なのか評価が定まらない作品。

ある轢き逃げ事件によって、3組の夫婦の運命が絡み合っていくストーリー展開。しかしその時間の流れは切り刻まれ、シャッフルされながら進んでいく。ストーリーが進むにつれて、断片化されたストーリが繋ぎ合わされ、ドラマの全体像が掴めるようになっている。そこにこの監督の映画制作に関するスキルの高さを感じたりもしたんだけど、肝心の物語の中身とのバランスがうまくとれていないような気がしてしまう。この作品を観ている間、意識がどうしてもパズルの組み合わせ作業にいってしまう。観ている者の意識もうまく物語の中に組み込むような仕掛けがあれば「すげー!」ってことになるんだけど、そうでもないから、作品の構成や俳優たちの演技力などばかりが印象に残ってしまった。

大学教授のポールは心臓病のため余命1ヶ月。心臓移植を受ける機会を待っている。ジャックは過去に犯した罪の重圧に耐えられず、牧師として貧しい生活を送っている。そしてある晩、クリスティーナの夫と娘ふたりをトラックで轢き殺してしまう。運命という、人生の不確実性とどう対峙するかという問題がここで提示されている。

この轢き逃げ事件により、ポールは心臓移植を受け生き延びる。クリスティーナはかけがえのない家族を失ってしまう。ジャックは妻の引き止めを振り切り、出頭して罪を償うことを選ぶ。そしてポールがクリスティーナに近づき、ジャックが妻の雇った弁護士の力で釈放されるところから物語が展開していく。
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2005年04月29日

「さよなら、さよならハリウッド」 笑いのあとに...

ウディ・アレン監督の新作、「さよなら、さよならハリウッド」を鑑賞。新作といっても3年前の作品。原題は「Hollywood Ending」。イベントのため1,000円で鑑賞。やや遠慮しつつもげらげら笑うことができて満足した。見たくないものを見ないでいると、本当に目が見えなくなりますよというお話(official site)。

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hollywood_ending2.jpg
ヴァルはピークを過ぎた落ち目の映画監督。そこに、ハリウッドから魅力的なオファーが舞い込んでくる。しかし、プロデューサーは別れた妻。彼女はヴァルを捨て、製作会社の重役であるハルのもとへと去った後に、プロデューサーとしてのキャリアを築いていた。ヴァルは迷ったあげく、仕事を引き受けることにする。そしていつものドタバタ劇が...

とにかく笑うことができて良かった。劇場なので、遠慮しながらもつい声が出てしまう。彼はあいかわらず笑いと毒を撒き散らしていた。うらやましい。彼の姿を見ていると、60歳、70歳になってもガンガンいくのもいいかもしれないなんて思ってしまう。そこにユーモアがあればだけど。

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この作品には、ハリウッドに対する彼の皮肉が込められているような気がした。そしてその皮肉は、終わらない宗教戦争にも向けられているんじゃないだろうか。ユダヤ人である彼が抱える宗教の問題が見え隠れしているようだった。さんざん笑った後に、その喜劇の背景に隠されたテーマについて、いろいろと思いをめぐらせてしまった。

妻を寝取った男が企画する映画のオファーを受けた時に、ヴァルは断ろうとする。その時に、そんなやつらと仕事をすると宗教戦争になってしまう、というようなセリフを吐く。でも背に腹はかえられず、仕事を請けることにする。
撮影に入る直前に、ヴァルは心因性の盲目になってしまい、カウンセリングを受けることになる。その結果、断絶していた息子との関係を修復しようと試みる。その息子はオルタナ系みたいな音楽やってて、ライブでは生きたねずみを食ったりする野蛮人という設定になっている。ヴァルは野蛮な息子を受け入れられず、絶縁してしまっていたのだ。

その息子には、アメリカ社会で野蛮人のレッテルを貼られつつあるイスラム教徒のイメージが重ねられているような気がした。息子を訪ねる時に、ヴァルは停戦しに来たという意味のセリフを口走る。自分のもとを去っていた息子や元妻の大切さを再認識して、その関係を修復しようとするヴァルは、突然目が見えるようになる。そしてラストでは、ヴァルは元妻エリーとよりを戻し、ユダヤが支配するハリウッドと決別する。ユダヤ・キリスト・イスラム教の宗教史に明るい人が観ると、その関連がきちんと見えるのかもしれない。

自己と対峙すること。受け入れ難い他者を見つめ、受け入れることが大切だということ。そういうメッセージが伝わってきたような気がした。ゲラゲラ笑いながら。
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2005年04月20日

「コーヒー&シガレッツ」 労働者の嗜好品

coffeeandcigarettes01.jpg渋谷で「コーヒー&シガレッツ」を鑑賞。本日1,000円。
ジム・ジャームッシュ監督。公式サイトはこちら

今日はあいにくの雨。地下鉄で渋谷へ移動。短い移動時間の中で人間ウォッチング。地下鉄の中で見た、エルメスのバッグを大事そうに抱えながら、お友達とおしゃべりをしている中年女性とか。改札を出ると、そのまま地下を109まで歩き、エスカレーターで1Fまで。ごちゃごちゃと109的な女の子が歩いてる中に、意外と綺麗なコがいたりした。あと胡散臭いおっさんもいたな。まあ、傍から見るとぼくもそうなのかもしれないけど。

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80年代から撮り溜めた短編を繋ぎ合わせた作品ということで、過度な期待はせず、気軽な気持ちで劇場に入った。古い友人と久々に再会してお茶でも飲むような気持ちで。ここのところ、そういう映画が観たかったからグッド・タイミングだった。席の周りを見渡すと、平日の16時台のわりには人が入っていた。100人弱くらいか。タイアップとか多いみたいだからその影響かな。

舞台の多くは場末感漂うカフェ。そしてほとんどの役者は自分自身を演じている。特別なストーリーがあるわけでもなく、コーヒーとタバコを中心に微妙に噛み合わない会話が続けられる。他愛もない会話の中に、ショービジネス界や社会の富裕層に対するアイロニーが散りばめられている。労働者階級の視点で紡がれた言葉と映像の世界は、まさにジム・ジャームッシュ的だと感じた。
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posted by Ken-U at 21:17| Comment(6) | TrackBack(11) | 映画(USA) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月12日

「カイロの紫のバラ」 スクリーンが魅せるマジック

the_purple_rose_of_cairo.jpg「カイロの紫のバラ」ウディ・アレン監督を鑑賞。ウディ・アレンは出演していない。彼はカメラの向こう側で、スクリーンのマジックを巧みに扱いながら、観る者をミア・ファローと映画の虜にしてしまおうとしているようだった。

大恐慌下のニュージャージー。セシリアはウエイトレスとして働いている。夫のモンクは仕事に就いてない。仲間と博打を打ち、酒を飲み、女を家に連れ込み、そのうえセシリアに暴力をふるい、金をせびりながら暮らしている。孤独で貧しく生きなければばらないセシリア。そんな彼女の心を癒してくれるのは映画だけだ。この週、町の劇場では「カイロの紫のバラ」が上映されている。

セシリアはスクリーンに映し出される優雅な生活と、ある登場人物にすっかり魅了されてしまった。それは詩人であり冒険家でもあるトム・バクスター。だから毎日のように独りで劇場に通っている。驚いたことに、トムも彼女の存在に気づいていた。スクリーンの向こう側から、突然トムはセシリアに話しかける。そしてスクリーンから抜け出してセシリアの手をとって、劇場から逃げ出してしまう。劇中の他の人物も、観客も、劇場主も、制作会社も大騒ぎだ。

*****

この事件を収拾しようと、トム・バクスターを演じている俳優、ギル・シェパードがハリウッドから駆けつける。そしてギルもセシリアに心を奪われてしまう。トムはスクリーンの中へとセシリアを誘い、ギルはハリウッドへと彼女を誘う。セシリアとふたりの男たちの不思議な三角関係。セシリアはトムかギルのどちらかを選ばなければならない。選ぶべきは夢か現実か...
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posted by Ken-U at 17:20| Comment(0) | TrackBack(1) | 映画(USA) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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