2010年12月25日

「JASMINE」 無我、自在

KEITH JARRETT + CHARLIE HADEN / 『JASMINE』 (ECM)

自宅スタジオで録音されたというデュオ・アルバム。

keith_jarrett_charlie_haden_jasmine.jpg日暮れ後、ゆるりとした時間を過ごすのによいアルバムだと思う。全編、ミドルテンポで進むのは加齢による制約なのだろう。でも、それでよいのだ。絶妙なタッチが冒頭から続き、聴いていて、まさに音を紡ぐというイメージが湧きあがる。自在に音が踊るのだけれど、乱れがないというか、ふわふわとした世界を浮遊する感覚といえばいいのだろうか。とにかく、よい音楽を聴くときの快楽が間違いなく得られる良作。

ジャズは、マイルス・ディヴィスから入ったので彼が先生のようなものなのだけれど、振り返ってみると、回を重ねて聴いているのはキース・ジャレット。マイルスを聴くときは少し構えてしまうけれど、キースはもっと自由。自然体で、たぶん無に近いのだと思う。なにもなくて、音楽だけがあるという感覚。その世界に這入りこむこと、無に近づくことの快楽。
posted by Ken-U at 18:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月21日

「Go」 声の魅力、無限

Jonsi / 『Go』 (EMI)

jonsi_go01.jpgヴォーカリストの初ソロアルバムということで、正直、あまり期待せずに聴いてみたのだけれど、これが予想を大きく裏切る出来。はじめはガチャガチャとポップな印象で、しかし音楽が進むにつれて幻想度が増していき、気づくと北欧の夜空の中。その浮遊感のまま宇宙を旅する自分がいるのだった。

声の力を感じた。その響きは摩訶不思議なもので、心に無限のエネルギーを感じさせる。Jonsiの歌声には歌を超えた声そのものの魅力があり、本作にもその響きがふんだんに籠められている。聴いていると、心がこの世から離れていく。
posted by Ken-U at 18:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月13日

「SHINE A LIGHT」 成熟と力

ROLLING STONES - MARTIN SCORSESE / 『SHINE A LIGHT』 (Polydor)

shine_a_light01.jpg金曜の夜、このまま帰宅するのもなんだなあ、と、何時くらいだったか、たぶん11時を少し過ぎた頃だったと思う。歩きながら、ふと思いついて近所の食堂に立ち寄った。最近できた店だ。

その店の壁で、『SHINE A LIGHT』を観た。食事も、酒もうまく、良心的な価格設定で、さらに上映中のライヴも最高。結局、食後酒に自家製のリモンチェッロをつけて、最後まで鑑賞。気分もあがり、文句のない夜となった。

老いてますます盛っている。とはいえ、ストーンズの面々もとっくに六十を過ぎているだろう。と思って調べたら、むしろ七十に近いじゃないか。そんな彼らのパフォーマンスは、むしろ若い頃よりも密度が濃く感じられ、文句のない出来ばえ。単純に格好いいと思った。今、あらためてこのサウンド・トラックを聴いてみてもやはりよい感じなのだけれど、やはり映像を眺めているときの高揚はまた格別。綽綽とギターを鳴らすキース・リチャーズやロン・ウッドの姿に、大きくなったらローリング・ストーンズみたいになりたい、と子供のような想いが湧きあがる。しかしこんな俺に、あんな歳のとりかたができるだろうか。

本作の存在自体は知っていたけれど、正直、甘くみていた。「JUMPIN' JACK FLASH」をあえて頭にもってきて、いきなりクライマックスな演出をしてるところに彼らの本気度の高さが伺える。なんかこう、突き抜け感のある、熟成された格好よさといえばいいのだろうか、人生、経験は宝。
posted by Ken-U at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月10日

Keith Jarrett Trio 時空を超える旅、神技

Keith Jarrett Trio - Japan Tour 2010

10月3日(日) 曇り

keith_jarrett_trio_2010_2.jpg念願のコンサートに足を運べ、それでけで感無量になり緊張してしまったのか、開演前に軽くワインでも、と思ったりもしたのだけれど席から離れられず、ただじっと漆黒の舞台を眺め、三人の登場を待った。

開演。1st.ステージはテンポの速い曲、「Shaw 'Nuff」、「Butch And Butch」などでキースのミスタッチが目立ち、それぞれの連携にぎくしゃくしたところもあって、彼らも老いが隠せないのだなあ、とか、近年の演奏がアルバム化されないのはこうした理由があったのか、などと、いらぬことをもやもや考えたり、正直、舞台に集中しきれないところもあったのだけれど、しかし演奏は尻上がりに濃度を増していき、ピアノは縦横無尽に弾け、その波動にベースのうねりが、ドラムのビートが複雑に絡み合って、気づくと闇は得体の知れぬ異次元、わたしの意識はその快楽の中に溶けていたのだった。喝采。最後、爆発的な拍手とともに彼らは消えた。

このトリオの素晴らしさは、個の表現を超えた次元で音楽を鳴らしているところにあると思う。おそらく、みな無心なのだ。無心のまま闇の中に身を潜め、そこから沸き立つなにかしらをたどり、響かせながら得体の知れない時空へ聴衆をいざなう。たぶん、これが成熟した音楽というものなのだろう。時の流れは彼らから様々なものを奪ったのだろうけれど、その一方で、彼らはかけがいのないものを得て、そうして神から与えられたその恵みを音楽の成熟につなげ、それを聴衆に贈りとどける旅を続けているのだ。彼らにとって、生きること、命そのものが音楽と繋がっているのだろう。

*****

Set List

<1st>
1. Golden Earrings
2. Shaw 'Nuff
3. Little Man, You Have Busy Day
4. Butch And Butch
5. Last Night When We Were Young

<2nd>
1. You Won't Forget Me
2. Things Ain't What They Used To Be
3. Broadway Blues

***
<"Encores">
1. I've Got A Crush On You
2. Answer Me, My Love
3. Straight, No Chaser

*****

帰り、祝杯をあげなければ、という気持ちが抑えられず、近所の食堂に立ち寄る。最近できた店で、カウンターで、適度な会話と、グラスのスパークリング・ワインで始め、続いて白、で、締めは自家製のリモンチェッロ。これがまた至福の出来なのであった。
posted by Ken-U at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月11日

8 CDs ...until July '10

cdx8_10Jul.JPG


LUCIANO / 『TRIBUTE TO HTE SUN』 (CADENZA)

新しい音の枠組みの中で響く古代的な音楽。その中で最も強く印象に残ったのは、拍手や手拍子などの手を叩く音。人は、なぜ手を叩くのだろう。なぜ、手を叩くと気持ちが盛り上がるのだろうか。そして手拍子、拍手に対する欲求はどこから湧き上がってくるのだろう。

*****

PANTHA DU PRINCE / 『BLACK NOISE』 (ROUGH TRADE)

Routh Trade、今でも現役なのだなあ。このアルバムをみつけてそう思った。で、手にとり、試聴して、レジへ...しかし、帰宅後に聴いた印象はいまひとつ薄い。聴き進めるほどに物足りなさを感じた。アンビエントのもう一歩先、を期待していたのだけれど、聴く側の意識に問題があるのだろうか、しばらく寝かせから聴き直してみよう。

*****

BALANCE / 『AGORIA』 (EQ)

ノリのよいクラブ・ミュージックにマッドなノイズが入り混じり、混沌とした音のモザイクがかたちづくられている。難点は、CD1の前ふりの長さ。Track#9までは前奏だと考えられるので、ちょっと焦らしすぎだと思う。

*****

FRANCOIS K. / 『AIR』 (LASTRUM)

大好きなFrancois K.のアルバムなのだけれど、正直、テクノ色が強まって以来、彼のサウンドはいまひとつ響かないので、今回も、まあそんな感じなのであった。彼には、金属的な音より、とろとろした液体的な音を望む。

*****

DERRICK MAY / 『AIR』 (LASTRUM)

これ、うっかり聴き込むのを忘れていた。時代に流されない骨太のサウンド。第一印象はよかったのだけれど、熱いし、聴く時機を選ぶアルバムである。暑い夏に向けて、本作を聴く機会が増えるだろう。というか、増やしていきたい。

*****

GILLES PETERSON / 『HAVANA CULTURA』 (BROWNSWOOD)

キューバンなアルバムである。冒頭の、カウント〜掛け声〜ベース〜Yaroldy Abreuのコンガ〜の流れにやられ、即購入した。その時々の気分でCD1/CD2を聴き分けたり、いろいろつかい勝手のよいアルバムだと思う。しかしGilles Peterson、こうした業界には珍しく、地に足の着いたよい仕事をしている。格好のよい男だ。

*****

KAITO / 『TRUST』 (KOMPAKT)

これも変わらない姿勢が貫かれているアルバムで、好感が持てる。でも、『Hundred Million…』を超えてはいないかな。とはいえ、夜、ひとり部屋で聴くことが多い。

*****

LOUIE VEGA / 『10 YEARS OF SOUL HEAVEN』 (MOSCD)

さらに、これも変わらぬ姿勢が格好よさを際立たせているアルバムだと思う。Louie Vegaの、集大成ともいうべき3枚組のミックス・アルバム。ハウスと、ラテンのリズムと、伸びのよいヴォーカルと、助平な男の繊細な手仕事。しかも、節々に腰がぐいっと入っている。さぞかしモテるのだろう。
posted by Ken-U at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月31日

「Mi Mix」

HIROSHI WATANABE / 『Mi Mix』 (OCTAVE-LAB)

mi_mix_hiroshi_watanabe.jpgトータル78分に及ぶMixCD。

からりとしたアッパーなハウスではなく、かといってずぶずぶとしたダウナーでもない。もっと中間的な、霞というか、深い霧のかかった世界をゆらゆら浮遊する感じといえばいいのか、内側に潜る要素と外側に開かれていく要素が絶妙に混ぜあわされたサウンドだと思う。

聴いていると心が鎮められるけれど、ところどころでぐぐっと引き上げられるところもあり、それが心地よいマッサージ効果を生んでいる。夕暮れから夜、聴くことが多い。
posted by Ken-U at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月23日

「ROCKS THE HOUSE」 響く歌、魂の祈り

ETTA JAMES 『ROCKS THE HOUSE』 (CHESS)

etta_j_rocks_the_house.jpg近所にカレー屋がある。とてもうまいオリジナル・カレーを出す店なのだけれど、その店はカレーだけではなく、音楽にもこだわりがあり、店内にいつもFunkyなR&B、あるいはJazzyなソウル・ミュージックを鳴らしていて、なので、週に一度くらいのペースでそこに通い、軽い夕食をとるようにしている。

ホットなカレーにソウルフルな音楽。魂を揺さぶる良心的な店だと思う。そんなある晩、店内に鳴り響いていたのがこの『ROCKS THE HOUS』だった。その頃は、清志郎のことがあり、ほかにもパティ・スミスやニック・ケイヴ、ジム・モリソンなどのヴォーカルに触れる機会もあって、なんというのだろう、体がソウルを求めていたというか、そんなときにエタ・ジェイムズの声に触れて、すっかり痺れてしまったのだ。で、会計のとき、バイトの女の子にアルバム名をメモしてもらい、それをポケットに入れて帰った。

本作におけるエタ・ジェイムズの声は、ライヴ感に溢れている。というか、これは実際のところライヴアルバムなのだけれど、ここで彼女は生録音であること以上に生々しい、生命力に溢れる声を響かせている。たぶん背景にゴスペルがあるのだろう、バックも彼女の情熱を煽るが如く熱の籠もった音を鳴らしており、とくにDavid T. Walkerのブルージーなギターの響きに痺れる。歌とはある種の祈りなのだと感じることのできる一枚。
posted by Ken-U at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月01日

夏の十字架、秋の十字架

ラフィータフィー

left: 『夏の十字架』 / right: 『秋の十字架』 (Swim Records)

忌野清志郎のバンド、ラフィータフィーの二枚。

two_crosses.JPG業界への怒り、世間に対する違和感を爆発させながら、彼は、その熱を原動力に大人のロックを炸裂させる。ひさしぶりにバンドサウンドを聴いたけれど、熟成が進んでいるからなのだろうか、どちらかというと、あとにリリースされた『秋の十字架』を繰り返し聴いた。

恐いもの知らずの若者が勢いでがなりたてるのでもなく、ナイーヴに夢物語を歌うのでもない。かといって達観したふりをして世間を上から見下ろすような真似をするでもなく、むしろ娑婆で泥まみれになりながら、その悲哀を悲哀のままにせず、熱に転換させ、ソウルのこもったロックにして、ギターを掻きむしりシャウトする。ブルージーなロック。おそらく、これが彼の目指した大人のロックなのだろう。

映画『不確かなメロディー』(過去記事)が思い出される。あの中で印象に残っている清志郎の言葉のひとつに、ソロで音楽をつくっても音を完成させることはできない、という彼の音づくりに対する考え方があるのだけれど、この二枚のアルバムを聴いてみて、バンドサウンドの不思議についてあらためて考えさせられた。旅をしながら、みんなで音を出し合って、紡ぎ、熟成させてゆく。そうしてグルーヴが生み出される。その波動が関わる人々を幸せにする。当時、彼が過去にすがることなく、かっこ悪いこともなにもかも引き受けて、それを新しい音楽に向かうための転機と捉え直して突き進むんだことも含め、これらのアルバムから学ぶことは多い。たしかに、この世界で生きることは必ずしもかっこよいことではないし、むしろかっこ悪い、というか、ある種の気まずさがつきまとうものだと思う。そんな無様で滑稽な世の中であっても、命ある限り、大切な物事を大切にして生きていきたい。
posted by Ken-U at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月31日

「Bulgarian Voices」 不協の和のなかの悦び

ブルガリア・コスミック・ヴォイセズ合唱団 『ブルガリアン・ヴォイス』 (東京文化会館)

指揮:ヴァニャ・モネヴァ

bulgarian_voice01.jpg知人から誘われ、上野まで足を伸ばした。実は、彼女はブルガリアの出身で、ブルガリア人と観るブルガリアン・ヴォイスってのもオツだなあ、なんて考えて、彼女の招待を素直に受けることにしたのだ。

コンサートは、1曲を除くとほかはすべてアカペラで、20人前後だったか、それぞれに異なる民族衣装をまとった女性たちが、彼の地に伝わる民謡などを独特の音色で響かせていて摩訶不思議な味わいがあった。摩訶不思議というのは、その声の重ね方がユニークなのだ。あとで調べてみると、ブルガリアの合唱スタイルは西欧のものとは少し異なり、その和声の中にいわゆる不協和音がつかわれるという。しかし実際に聴いてみると、その不協和音に不協は感じられず、むしろその不協が声の響きに独特の奥行きを与えているように思える。西欧でありながら西欧だけではなく、中東やアジア、あと、ロマなどの文化が混ざり合いながら熟成されたブルガリア、そしてバルカンの奥深さ。そこはきっと不協の和の半島なのだと感じた。

ちなみに、彼女はソフィアの出身で、彼女が教えてくれたその土地の民族衣装はいちばんきらきらと派手であった。
posted by Ken-U at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月02日

「不確かなメロディー」 叶わぬ夢、旅、すべては水の泡に

杉山太郎監督 『不確かなメロディー』 (ヒューマントラストシネマ文化村通り)

マジカデミルスターツアーはゆく。

f_melody.jpg『瀕死の双六問屋』(過去記事)の連載中、紙面で繰り返し告知していたのがラフィータフィーによる「マジカデミルスターツアー」というライヴ・ツアーだった。このタイトルは、小箱のライヴハウスでスターを間近に見よう、という意味の滑稽な語呂あわせであり、実際、忌野清志郎をはじめとするラフィータフィーのメンバーは、みんなで一台のマイクロバスに乗り込み、この列島を縦断しつつ各地のライヴハウスを渡り歩いたのだ。本作は、その道程を収めたドキュメンタリー映像である。

まず、ライヴの質の高さに驚愕した。正直、RCサクセションの頃(とくに後期)よりずっといいと思った。あの頃は、和製ローリング・ストーンズとしてのバンドの位置づけであるとか、その中におけるキヨシローの役割を彼ら自身が意識しすぎるきらいがあり、正直、それを苦手に思ったりもしていたのだけれど、このラフィータフィーはその呪縛から完全に解き放たれており、おまけにメジャー・レコード会社の束縛からも解放されていたりするので、じつにピュアに、活き活きと、ありのままに裸の状態で音を放っていて、痺れる。なんといえばいいのだろう、もうギュンギュンにグルーヴが渦巻いているのである。

そしてライヴ映像の合間には、忌野清志郎(とほかのメンバー)のインタビューが挿入されていて、それもよかった。そこでは過去を振り返った清志郎が音楽を始めるころから現在に至るまでのいろいろについて語っているのだけれど、その声を通して、たぶん彼は音楽に支えられながらここまで生きてきたのだろう、そして歌手になることでその恩返しをしたかったのだろう、と思った。だから音楽に対してあそこまで誠実でいられたのだろう。きっと、そうあらねばならなかったのだ。

ライブの只中で突然、「俺には夢がある!」と彼は叫ぶ。「イエー!」っていう客に続けて、それはこの世界から戦争がなくなること。人を殺すやつも自殺するやつもいなくなること、それが俺の夢だ、とシャウトするのだけれど、しかし、すべては水の泡に。ぎゅんぎゅんのライヴも、狂乱する人々の熱も、バスの窓からみえる霞んだ空も、質素なホテルの部屋でふかした煙草のけむりも、すべては過去の闇の中に消え去ってしまった。もうこの世には存在しないのだ。しかし、それでもブルースは続く。失われた母なるものを想いながら。
posted by Ken-U at 16:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月29日

「SCI-FI HI-FI 5」 無機的であり有機的である音の不思議

SLAM / 『SCI-FI HI-FI 5』 (SOMA)

ミニマル系の音を集めたMix CD。

slam01.jpgSLAMという人は、もともとそうミニマルな音づくりをするわけではないらしいけれど、昨今、巷ではミニマル系が密かに流行りらしく、それに呼応すべく作成したのがこのMix CDであるらしい。音は、透明感、浮遊感があり、その隙間にクリック音やその他こまかな機械音が合いの手の如く散りばめられいて、心地よい。さらに、それら音の集合体の真ん中のところあたりを力強い4つ打ちビートが貫き通っていて、この絶妙なコンビネーションが無機的音の集合体を有機的なグルーヴとして響かせている。夜、これといってなにもない空っぽの時間帯などにふと聴きたくなる類の音である。とくに、前半部分がよい。
posted by Ken-U at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月25日

「Yesterdays」 共鳴する響き、揺れるジャズ

KEITH JARRETT, GARY PEACOCK, JACK DEJOHNETTE / 『Yesterdays』 (ECM)

yesterdays.jpg約一年半ぶりに発表されたキース・ジャレットの、いわゆるスタンダード・トリオの新作。前作の『MY FOOLISH HEART』(過去記事)に較べると、よい意味でリラックスした、ややゆるりとした演奏が続く。それはきっと、舞台の性格の違い、前作はパリ、本作は東京が舞台であることとなにかしらの関係があるのだろう。奏者と観客の関係は、奏者同士の関係と同じように多大な影響を即興演奏に及ぼす。そこには様々な視線、熱気、呼吸があり、それらの要素が複雑に絡み合うことでその舞台独特の空気が醸し出される。個々をつなぐ糸がジャズを共鳴させ、その波動が空間に広がりを与え、奏者は、その響く時空の中を泳ぎながら、スウィングしたり、歌ったりするのである。

少し前に、『MY FOOLISH HEART』をとあるデザイナーに貸してあげたら、彼女は、いかにもジャズの型にはまった音ですねえ、と返した。彼女はまだ解っていない。どちらかというと、型にはまっているのは、ジャズならフリージャズ、あとはエレクトロニカという彼女の意識の方なのだ。前にも書いたけれど、あえてスタンダードの枠をつかいながら、そこから離れていくときの、また戻るときの感覚がよいのだ。その枠をまたいでこそ得られる快感がこの世には存在する。
posted by Ken-U at 16:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。