2005年12月05日

日本文学を通して韓国社会の現状を覗く

NONFIX『韓国における日本文学のあいまいな軽さ』(link)

korea03.jpg日本の小説を愛読する韓国人が増えているらしい。その出版数はこの10年間で約3倍に増加し、現在は、1日当たり1冊のペースで出版されている。韓国の書店スタッフの話によると、入荷する新刊の約1/3を日本の小説が占めているそうだ。読者の多くは10代から20代の若者で、恋愛を扱った小説が主に読まれている。韓国のマスコミは、この現象を「日本小説の空爆」と呼んでいる。

韓国における日本小説ブームのきっかけは、89年に出版された『ノルウェイの森』。これが30万部のベストセラーになり、続いて『キッチン』('99)、『冷静と情熱の間』('00)がヒット。村上春樹、吉本ばなな、江國香織の3人は、日本文学の巨匠と見做されるようになった。
この流れを変えたのが『世界の中心で愛を叫ぶ』。当時無名だった片山恭一がヒット作を生み出したことによって、巨匠とされる作家の作品に限らず、幅広い日本人作家の小説が韓国内で出版されるようになった。

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韓国社会が急速に変化していることがこのブームの支えになっているようだ。日本の侵略、戦争、民族の分断、その後の軍事政権など、近代韓国は重い歴史を抱えている。そのため、民族問題や政治が韓国文学の主要なテーマになってきた。それが、民主化が進む新しい社会を生きる今の韓国人、とくに若者の持つ感覚とは合わなくなってきている。そこで、私的な問題を扱った作品が多い日本文学に関心が集まるようになった。韓国人の関心も、徐々に民族から私的なものへと移りつつあるようだ。

日本文学を扱う出版社の話では、新しいタイプの作家が韓国ではまだ育ってはいないそうだ。自由恋愛や不倫などのテーマを扱うことに対して慎重な態度をとる書き手がまだ多いことや、出版社が傾向が保守的であったり、刊行物倫理委員会という検閲機関の力が強いということなどがその背景にはあるようだ。
その一方で、『猟奇的な彼女』('00)、『あいつ、かっこよかった』('01)などの、インターネット小説と呼ばれる新しい出版物が話題を集めるようになり、韓国文学の活性化(あるいは混乱)のきざしが見え始めている。

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なかなか面白い番組だった。民族、国家、家庭などの共同体は、韓国においてもその重みを失いつつあるという印象を受けた。その結果、歴史を顧みない、あるいは、軽視するような若者が増えつつあるのかもしれない。

韓国という国は、古くから日本と深い関わりを持ちながらも、この国とは異質な歴史(観)や文化を蓄積してきた。それが両国の関係を複雑なものにしているわけだけれども、しかし、韓国社会の近代化が進むことによって、その差異はこれまでに較べて小さいものになるのかもしれない。以前、映画『子猫をお願い』(過去記事)を観たときにもそう感じたのだけど、この番組を眺めていて、その印象はより強いものになった。


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2005年11月23日

境界を越える密航者たちの旅

BS世界のドキュメンタリー
『決死の密航者たち 〜アフリカからヨーロッパへ〜』

昨日に引き続き、アフリカの現状を垣間見る。フランスの取材班が、アフリカからヨーロッパ(スペイン・カナリア諸島)を目指す密航者たちに同行し、その過程を記録している。

canary_isles01.jpg貧困に喘ぐアフリカ。モロッコのカサブランカには、ヨーロッパへの密航を希望する人々がアフリカ中から集まってくる。彼らは密航仲介者に100ユーロを渡し、密航の機会を待つ。そして南部の町アガディールから、彼らの旅が始まる。

密航は分業化されている。旅の過程で、業者は次々に入れ替わる。まず最初の業者に1,000ユーロを渡す。車の荷台に18人の密航者たちが詰め込まれる。途中で車が止められ、密航業者に金品を略奪される。砂漠で何泊もしながら、旅は続く。その間、僅かばかりの水と食物が与えられる。

海辺に出ると、船とエンジンが与えられる。密航者たちは自ら船底にタールを塗り、出航に備える。業者から指示が出る。まずコンパス無しで90分進み、それから6時間は真北、そして340度舵をとり陸が見えるまで進む。そうすれば、目的地に到着できるのだという。業者は航海に同行しない。密航者自身の手で海に出なければならないのだ。密航者に航海の経験は無い。

深夜。他の密航者も加わり、36人で海に出る。しかし、僅か300m先で転覆してしまう。密航者たちは泳いで引き返す。うち2名が行方不明になる。
翌日、船の点検。船底は継ぎ接ぎで隙間だらけだということが判る。業者にクレームを入れるが何も改善しない。密航者たちは1週間かけて船を修理する。
2度目の航海は25人。出航してすぐに浸水が始まる。密航者たちは水をかき出しながら、100km以上も先にあるカナリア諸島を目指す。

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あまりにも危険すぎる取材だ。確かに貴重な映像だけれど、無謀な行為としかいいようがない。小さな船に取り付けられた粗末なエンジンは、途中で何度も停まってしまう。最悪の事態に陥ったとしても、逃げ場はどこにもない。実際に、航海の途中で死亡する密航者は多いようだ。島に打ち上げられる身元不明の遺体は、当局によってまとめられ、埋葬されている。

陸地を目前にしたところでエンジンが停まる。そこで治安警察に見つかり、密航者たちは身柄を拘束されてしまう。18時間をかけた旅が、そこで終わる。
その後、彼らは40日間拘留され、身元を調べられる。身元が判明しない場合は、マドリッド、バルセロナ、マラガなどの大都市に1年間の滞在が許されるそうだ。

都市に滞在した後に、彼らがどうなるのかはよく判らない。おそらく、彼らの新たな旅が始まるんだろう。スペイン大都市の治安が悪い理由は、そういうところにもあるんじゃないだろうか。たしか移民の受け入れについても、スペインは他のEU諸国と較べて寛容な政策をとっているという情報を見たような記憶がある。さらに、バスクなどの地域の紛争も抱えているわけだ。そういう背景が、マドリッドやバルセロナに独特の雰囲気を漂わせているのかもしれない。
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2005年11月21日

貧困は無くすことができるのか

貧困とは無くなるものなんだろうか。ぼくは貧困を生み出す側、その恩恵を受ける側に生きているけれども、自分は経済的豊かさを追いながら、同時に貧困も無くそうという都合のいい方法があるのかどうか、正直よく判らない。というか、限りなく不可能に近いんじゃないかと思っている。
最近は貧困をテーマにした商品も開発されているようで、それが多くの富を生み出しているらしい。その商品が免罪符のような働きをするから、多くの人に支持されるということだろう。その免罪符を身につけることによって、心も豊かになることができるのだ。でも果たして、それでいいんだろうか。その裏側で、生きながら幾重にも食い物にされる貧しい人たちがいるのだと思うと、複雑な思いに駆られてしまう。

africa02.jpg
BSドキュメンタリー
『アフリカ 2005年 〜何が起きているか〜』

アフリカ大陸を覆う貧困の現状を追ったドキュメンタリー。世界で起きている内戦の9割はアフリカで発生しているが、その背景には欧米諸国のエネルギー・経済政策が横たわっている。貧困が内戦を生み、内戦がさらなる貧困を生み出していく。その事例として、スーダンとナイジェリア、そして南アフリカが直面している貧困問題がとりあげられている。


スーダン

スーダンの人口は3,300万人。この国は、地理的にアラブとアフリカとの接点となっていて、その国民はアラブ系とアフリカ系に2分されている。このふたつの民族は内戦状態にあり、ダルフール地方はその舞台となっている。南部で暮らすアフリカ系住民に対して、北部のアラブ系イスラム勢力が襲撃を繰り返しているのだ。これまでの犠牲者は200万人にものぼる。

かつてイギリスは、スーダン北部に繊維産業施設を開発し、北部のアラブ系住民の経済を豊かにした。しかしこれが原因となって、南北間の経済格差は広がってしまう。さらに、アラブ系政府が国内のイスラム化を強化しようとしたため、南北対立が激化し、内戦状態に陥ってしまった。イスラム社会ではジャンジャウィードと呼ばれるアラブ系の民兵組織が編成され、政府の支援の下にアフリカ系住民に襲撃を加えるようになる。アフリカ系住民はSLA(スーダン解放軍)を組織し、武力によって格差の是正を求めた。90年代に入ると、スーダン南部で油田の開発が始まり、アメリカが南部勢力に加担するようになる。また、中国は北部を支援するための政治的介入を始める。先進国のエゴに翻弄されながら、スーダン国内の紛争は複雑化していく。

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2005年11月20日

「60年目の東京物語」 再会の旅

今朝はアルコールの抜けがいまいち。午後は早稲田大学にて、岡村淳監督の『60年目の東京物語』を鑑賞。

ブラジル移民の女性が、60年ぶりに日本を訪れる。初めての里帰りを果たした彼女の再会の過程を、カメラは追う。これまで離ればなれになっていた姉と、日本に出稼ぎに来ている娘に、彼女は出会い直していく。そして彼女は、義母として自分を育ててくれた女性の墓参りをするために、その消息を辿るのだった。

まず、里帰りを果たした女性の若さに驚かされる。撮影時は80歳だというのだけど、とてもそうは見えない。とても元気で、活発に日本中をあちらこちらと動き回る。他の作品でも感じたんだけれども、移民の方たちは皆、歳をとっても若く見える。日本では「老人」として区分される年齢に達しているはずなのに。歳の重ね方の問題なんだろうか。

『アマゾンの読経』、『ギアナ高地の伝言』に続いて、岡村作品を鑑賞するのはこれで3作目になる。どの作品も、扱われている題材がとても興味深いものばかりだった。
約10年前に制作されたこの『60年目…』は人間の再会を扱った作品だったけれども、他の2作品で扱われた題材は、再会を超えた再会というか、人間が人智を超えた自然の中に溶け込んでいく過程を追うものだったような気がする。

*****

岡村さんは、記録映像作家になる前は考古学研究者で、縄文遺跡の発掘作業をされていたという話もとても興味深いものだった。彼の現在の仕事も、それに通じるものがあるんじゃないかと思う。埋もれてしまったものを掘り起こして光を当てるという点で、遺跡の発掘と移民の人生の映像化には通じるところがあるんじゃないだろうか。

現在も新しい作品の制作をされているらしく、来春には完成するようだ。新作の内容も、とても面白そうだった。岡村さんの作品は完全な自主制作で、草の根的な自主上映会によってのみ発表されるものなので、どういったかたちで鑑賞できるのかはまだ判らないけれども、新作も是非観てみたいと思う。
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2005年11月12日

「ギアナ高地の伝言」 消えゆく秘境

代々木にて、岡村淳監督の『ギアナ高地の伝言 橋本梧郎南米博物誌』を鑑賞。ブラジル在住の植物学者、橋本梧郎氏がギアナ高地を旅する姿を追ったドキュメンタリー作品。

guiana01.jpgぼくは植物のことはよくわからないのだけど、それでもギアナ高原の自然は興味深く観ることができた。その中でも「神々の家」と呼ばれるテプイ(テーブル・マウンテン)の姿には圧倒された。とくに、現地でヘリをチャーターして、テプイの頂に向かう時の映像は素晴らしかった。そして大量の水が流れ落ちているテプイの瀧。その瀧には瀧壷がない。落差があまりにも大きいので、瀧の途中で水が水蒸気に変わってしまうからだ。ギアナ高地をめぐるこれらの映像は、とても貴重なものだと思う。

ギアナ高地の自然以上に興味を持ったのは、橋本梧郎氏の植物に対する情熱。どうして植物学者になったのかと質問された時に、理屈ではなくて単に好きだからだと答えていたのが印象的だった。92歳の高齢をおして念願のギアナ高地を訪れ、周囲のスタッフよりも精力的に動き回る橋本氏の姿に、考えさせられることは多かった。

橋本氏はブラジルに渡って以来、約70年もの年月を植物研究に捧げてきた。それを支えたのは植物に対する純粋な情熱だということなんだろう。ギアナ高原にそびえるテプイと橋本梧郎氏の姿が重ねて映し出されているように感じられる作品だった。

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今月中に都内で予定されている岡本作品の上映会は以下の通り。いずれも入場無料。

11月18日(金)
「60年目の東京物語」上映・講演会
場所: 立教大学 池袋キャンパス  8号館8202教室
司会: 内田兆史
時間: 18:10〜20:00

11月19日(土)
「60年目の東京物語」上映・講演会
場所: 早稲田大学 戸山キャンパス 32号館322教室
司会: 星野智幸
時間: 14:00〜16:00
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2005年11月04日

「アマゾンの読経」 それぞれの居場所

はじめての小岩でメイシネマ上映会。岡村淳監督の「アマゾンの読経」を鑑賞。ブラジルのアマゾンで行方不明となった真言宗の僧侶、藤川辰雄氏の足跡を追ったドキュメンタリー。

amazon02.jpg日本海外移住家族会連合会(海家連)の初代事務局長であった藤川辰雄氏は、中南米各地の日本人移住地を視察し、移住者が背負わされている厳しい現実に直面する。日本では知ることのできなかった歴史がそこにはあったのだ。

戦前に渡った移民の多くは、当初の入植地を拓くことに行き詰まり、周辺各地を点々と移動しなければならなかった。彼らは苦しい生活を強いられる。子供たちは学校に通うこともできない。彼らは、ブラジルの下層民以下の暮らしを送るしかなかった。亡くなった人々の墓は、当地に置き去りにされ、無縁仏と化していた。そしてその墓も朽ち、あるいは金銭目当てに荒らされ、植物に覆われながら消え去ろうとしている。移民は棄民と化している。
藤川氏はその後、高野山に入り、僧侶となる。無縁仏となった、移民たちの魂を供養するために。そして伊豆大島に、富士見観音堂を建立した。

1986年9月、藤川氏はアマゾン奥地で失踪する。彼の遺体は発見されなかったが、現地当局は死亡事故と見做し、捜査を打ち切る。後年、この事件のことを知った岡村氏は、藤川氏死亡の背景を辿るため、日本とブラジルを往復しながら関係者の取材を重ねていく。

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3部構成で合計315分に及ぶ大作。休憩をはさみながら、いっきに鑑賞することができた。藤川氏の半生を辿り、その死の真相を探るための取材が軸となりながら、彼と直接・間接的に関わった人々が抱えているそれぞれの人生、そしてブラジル移民の知られざる歴史を垣間見ることができた。日本の現状に絶望しながらアマゾン河の泥の中へと消え去ることになった、藤川氏の運命にに考えさせられることは多い。普段触れている商業的なドキュメンタリーとは異質の、生々しさが感じられた。

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岡村氏は現在来日中。彼の作品の上映会が、今後も都内各所で予定されている。詳細はリンク先の「岡村淳のオフレコ日記」を参照のこと。どちらも料金は無料。

11月12日(土)
「ギアナ高地の伝言 橋本梧郎南米博物誌」完成記念上映会
会場:国立オリンピック記念青少年総合センター
第1回:13時30分 / 第2回:17時00分

11月18日(金)
「60年目の東京物語」上映・講演会
場所 立教大学 池袋キャンパス 8号館8202教室
18:10〜20:00

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ちなみに、星野智幸氏の『毒身温泉』に収録されている短編「ブラジルの毒身」は、岡村氏のいくつかの作品をコラージュすることによってつくられている。
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2005年11月03日

なぜ日本は寄り添うのか

NHK-BS 『なぜアメリカは戦うのか 〜 後編:超大国の警告』

911.jpg飼い犬であったはずのイラクに噛みつかれたアメリカ。逆上した超大国は、イラク政府の解体とエネルギー利権の搾取に動く。軍産複合体(military-industrial complex)は、政府のシンクタンクと結びつきながらフィクションを生み出す。国民はフィクションに熱狂し、戦争が始められる。国民は、戦況をTVで眺めながら気分を高揚させる。死体映像が排除された、極上のエンターテイメントだ。

かつて米政府は、徴兵制を採用していた。ベトナム戦争の際、徴兵が中産階級に及ぶとともに、反戦活動が激化した。その反省から、徴兵制は廃止された。新兵の調達のため、米政府は多くの予算を割く。2002年から03年までの間、新兵募集広告に12億ドルが投じられた。

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とくに目新しい情報はなかったけれど、バクダッドにある遺体保管所の映像は強く印象に残った。小屋の中には、死体が無造作に積み重ねられていた。担当者が、保管している死体の名簿を見せてくれた。そこには、亡くなった人々の名前や職業などの情報が、丁寧に記されている。彼は、ここには自由も安全もない、と呟いていた。

この戦争が生み出すであろう富を当てにして、日本もイラクに派兵した。果たして、期待通りにいくのかどうか。無駄な公共事業を削減するかわりに、無駄な戦争が増えるってことにならなければいいけど。テロとの戦いも含めて。
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2005年10月26日

パキスタン大地震のその後

『「第2の死の波」を警告 国連総長、支援不足訴え』(Yahoo! news)

pakistan03.jpg【ニューヨーク19日共同】
国連のアナン事務総長は19日の記者会見で、4万9000人以上が死亡したパキスタン地震への国際社会の支援が不足しており、このままでは寒さや飢えなどによる「第2の死の波」が押し寄せる恐れがあると警告。26日にジュネーブで開かれる支援国会合に向けて各国に援助拡大を求めた。
(以下略)




『パキスタン北部地震災害救援金』(日本赤十字社
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2005年10月19日

「ジャマイカ 楽園の真実」 美しい夢の世界の影

ステファニー・ブラック監督の「ジャマイカ 楽園の真実」を鑑賞。水曜日は1,000円。
原題は「LIFE AND DEBT」。太陽の楽園、リゾートの国ジャマイカの影を描いたドキュメンタリー。

数年前に一緒に飲んだ女の子がレゲエ好きで、いつかはジャマイカに移住したいと話していたのを思い出した。眩しい太陽と青い海。そしてクールな音楽。セクシーな男と女。彼女にとっては夢のような世界に思えたんだろう。ぼくはその話に頷きながらもいろいろなことを考えてしまった。

life_and_debt.jpg1962年にイギリスから独立したジャマイカ。しかし経済的に独立するには至っておらず、国の財政はIMF(国際通貨基金)の融資に大きく依存している。その依存の程度がどのくらいのものかというと、国家予算の52%がその返済に充てられているという現状から推測することができるだろう。

IMFはただ貧しい国に融資をするだけではなく、厳しい条件を突きつける。「痛みを伴なう構造改革」を要求するのだ。その改革によって、国内の農業や工業、教育・医療などの公共事業が壊滅的な打撃を受けてしまう。そのかわりに、欧米からマクドナルドなどの大手企業が進出する。さらに、安価な農作物や食肉が大量に輸入されるようになる。ジャマイカの人々が食い物にされている様子が、はしゃぐリゾート客との対比の中で描かれている。

*****

個人的に興味深かったのは、「フリー・ゾーン」の映像と、そこで働く人たちのナマの声だ。これは貴重な映像だった。
フリー・ゾーンとは、海外の大手資本を誘致するための経済特区で、作品の中では巨大な縫製工場が紹介されていた。有刺鉄線つきの高い塀に囲まれた工場の中では、多くの人々が縫製作業に追われている。その材料は、アメリカから特別な経路を辿って運び込まれているので関税の適用外になっている。そして仕上がった商品は、再びアメリカへと運び戻される。この事業からメキシコ政府へ税金が納められることはないのだという。そういった意味での特区なんだろう。ここでは「トミー・フィルフィガー」や「ブルック・ブラザース」のブランド名をカメラが捉えていた。

ここで名前のあがったブランドに限らず、現在のファッション業界で幅を利かせている巨大SPAの舞台裏は似たようなものなのだろう。大手でなくても、同じようなビジネスモデルを採用する企業が増えているというのがぼくの実感だ。とても安くてファッション性を備えた商品が市場に溢れるようになったけれども、それを支えているのは低い生産コストであり、その背景には、奴隷のように働かされている多くの人々がいるという事実を忘れてはならない。

終盤、フリー・ゾーンで働く人々が異議を唱えている様子が映し出される。やがて、そこではストライキや暴動が発生する。すると新たな労働力として、数百人のアジア人労働者が施設に運び込まれる。それでも状況が改善されないと判断した企業側は、工場を売却し、さらにコストの安い別の国へと去っていく。米企業が去った後に残されるのは多くの失業者だけだ。去った企業はメキシコやハイチなどで、同様の設備を構築する。そこが駄目なら、また次の国を探すだろう。それがグローバル経済というものだから。

*****

富める者がさらなる豊かさを追求するのは、国家や企業単位だけではなく、個々人のレベルでも同じだしな、と考えた。これは人間の本性なんだろうか。

ボブ・マーレーが死に、それ以降のレゲエのスタイルは大きく変わってしまった。ジャマイカ人といえば、腰をぶるんぶるん振りながら毎晩パーティーでもしてそうなイメージがついてしまったような気がする。あの移住したがってた女の子はジャマイカにたどり着けただろうか。もし移住が実現しているとしたら、そこで彼女は何を見てるんだろう。
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2005年10月09日

「ビッグイシュー」のドキュメンタリー

本日、10月9日(日)の深夜26:56から、フジTVでNONFIXが放送される。ホームレス支援のための雑誌「ビッグイシュー」に関するドキュメンタリー。今回で2回目の放送になると思う。

『路上の未来〜「ビッグイシュー」とホームレスライフ』(link)

bigissue36.jpgこのドキュメンタリーでは「ビッグイシュー」に関する情報だけではなく、都内で暮らすホームレスの現状や、その背景にも触れることができる。先日放送されたドキュメンタリーより情報が充実してるんじゃないだろうか。

昨晩は食事をつくったり食べたりしながら、BS-2で放送していた1960-75年の映像記録を眺めていた。高度経済成長期、豊かになっていく日本人の姿。その絶頂期に開催された東京オリンピック。その発展を支えていたものは、戦争がもたらした国民の「飢え」だったのかもしれない。
しかしその一方で、日本人は何かを捨て、あるいは失っていく。社会の進化がもたらすもの。ぼくはその恩恵を受けながら生き延びてきた。今の満たされた世界の中で、大切なものを見失わないようにしたい。

(関連記事:ビッグイシュー 創刊から1年半、その現状/2005/08/12)
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2005年10月08日

居場所を奪われる人々

BSドキュメンタリー
『祖国を奪われた人々〜中南米日系人・強制連行の記録〜(後編) 』

金曜の朝にBS-1で再放送されていた番組。大戦中にペルーから強制連行された日系移民のその後の姿を追うドキュメンタリー。

NHKが扱う日系移民の話といえば、木曜日まで総合テレビで放送されていた「ハルとナツ」が話題になっている。
この「ハルとナツ」の物語が、あるドキュメンタリー作品の内容と酷似しているというのだ。その作品とは、ドキュメンタリー作家の岡村淳氏が98年に制作した、「60年目の東京物語 ブラジル移民女性の里帰り」。この件について、岡村氏本人がNHKに対して質問状を送付している。読売や時事、夕刊フジがこのニュースを配信した(参考記事)。現在発売中の「FLASH」にも取材記事が掲載されているようだ。ぼくは、ここからリンクしている星野智幸氏の日記でこの件を知った。ぼくはどちらの作品も観たことがないので何も言えないんだけど、いろいろと考えさせられる。

*****

crystal_city_01.jpg第2次大戦中、アメリカ政府は中南米在住の日系移民2,264人をアメリカ国内に連行する。連行されたのは、主にペルー在住の日系1世と2世。彼らは抑留所に入れられる。番組では、クリスタル・シティ抑留所が紹介されていた。

中南米から連行された日系人のうち、約700人は米軍捕虜と交換され、日本政府へと引き取られる。インドのゴアで交換されて日本本土に戻る途中、111人がマニラで下船を強いられる。下船した人々の多くは、その後の消息が判らなってしまった。本土に辿り着いた人々も、差別と貧困に苦しめられることになる。

1947年にはアメリカ国内の抑留所が閉鎖される。閉鎖後、ペルーに戻ることができた日系人は僅かに78人。彼らはペルー人と結婚していて、市民権を持っていたのだ。その他の人々は、ペルー政府から受け入れを拒否され、日本へと送還されてしまう。約400人の日系人は、日本に帰らずに米国内に留まる道を選ぶが、食料加工工場に引き取られ、劣悪な条件下で労働を強いられる。

終戦後、抑留された12万人の日系アメリカ人は訴訟を起こし、1988年、公式の場での謝罪と、1人当たり2万ドルの賠償金を勝ち取る。しかし市民権がないことを理由に、アメリカ国内に残った中南米日系人には補償がされなかった。その後、彼らは訴訟を起こし、1996年に1人当たり5,000ドルの和解金を受け取る。彼らはその後も日系アメリカ人と同等の補償を受けるための運動を継続している。

*****

政府が掲げた夢の世界に導かれ、移民となった人々。移民政策には国民の「口減らし」としての側面があるんだろう。その実情を知る機会はあまりないけれど、ひとりのブラジル移民としてドキュメンタリー制作を続けられている、岡村淳氏のサイトは参考になるんじゃないだろうか(link)。

911以降に強化され、現在も続いているテロとの戦い。テロの危険性を排除するために、多くのイスラム系の人々が身柄を拘束されている。長い歳月が流れても、悲劇は繰り返されている。
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2005年10月06日

佐々井秀嶺氏のドキュメンタリー

明日、10月7日(金)の深夜27:56から、フジTVでNONFIXが放送される。たしか、このドキュメンタリーは3回目の再放送になると思う。

『男一代菩薩道〜インド仏教の頂点に立つ男〜』(link)

sasai_shurei_03.jpg佐々井秀嶺氏は、インド仏教の最高指導者となった日本人だ。彼は数奇な人生を潜り抜けながらインドへと辿り着いた。そして現在では、宗教的マイノリティーである仏教徒の頂点に立っている。その彼の生き様はとても興味深い。

ヒンドゥー教を中心としたインド社会。その階層化された社会の底部に、仏教が抜け穴をつくっている。ヒンドゥー社会の最下層で生きることを運命づけられた不可触民の人たち。その人で非ざる人、と見做されている人々が、仏教の力を借りて人生を生き直そうとしている姿を垣間見ることができる。

近世の日本でも、同じようなことが起こっていたんじゃないだろうか。武士の支配によって硬質化する社会の中で、非人・悪党の位置づけが変わっていく。聖なる存在として畏怖されていたものが、穢れたものとして差別され、社会から排除されていく。その救済を図ろうとしたのが仏教だったんじゃないだろうか。そういったこの国の歴史を重ねながら、ぼくはこのドキュメンタリーを眺めてしまう。

(関連記事:「男一代菩薩道」インド社会の差別制度と仏教の関係/2004/12/29)
posted by Ken-U at 17:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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