2005年09月21日

オリンピック招致はなんのために?

「都知事、2016年以降に東京五輪招致を表明」(Yahoo!ニュース

yoyogi01.jpg東京都の石原慎太郎知事は20日、都議会定例会の所信表明で、「日本を覆う閉塞(へいそく)感を打破するため、ぜひ東京にオリンピックを招致したい」と述べ、改めて夏季五輪招致の決意を表明した。
 そのうえで、五輪招致のためには、国立競技場(新宿区)の建て替えや神宮外苑(新宿区、港区)の再開発など、大がかりなインフラ整備が必要だとの考えを示した。
 都は「ロンドン五輪」後の2016年と20年の夏季五輪の両にらみで招致を推進する方針。来月、庁内に副知事らをメンバーとする準備組織を発足させ、立候補に向けた活動を本格化させる。
 石原知事は都議会での演説後、「国立競技場は古く、あんなものでは(招致)資格にならない。オリンピックのための競技場を作らなければならない。神宮の周りは再開発になる。大再開発になるだろう」と報道陣に語った。
(以下略)

予想以上に早いタイミングで、東京都知事がオリンピック招致を公式に表明した。蔓延する閉塞感打破を建前に、大型の都市開発を実施したいらしい。招致活動の一環として、都市の浄化はさらに強化されることだろう。

いったい、招致のための費用がどのくらいかかって、その後、誰がどのくらい儲かるのか知らないけど、いったいなんのためにこんなことをしなくちゃいけないんだろう?投資される開発・浄化費用はきっと回収されるからOKってことなのか。しかし閉塞感とオリンピックってどう繋がるんだ?とりあえず、パッといくってことなのか?ぼくには全く理解することができない。


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2005年09月20日

05年体制に向けて? 笑い飯型二大政党制へ

「次の内閣」顔触れ確定 民主・前原新体制が発足(Yahoo!ニュース

waraimeshi.jpg民主党の新体制が発足した。もう詳しい情報も読む気がしない。たぶん、小泉自民党を上回る「改革」路線を打ち出すんだろう。こちらこそが真の改革だと主張することになるだろう。

1955年にはいわゆる55年体制が誕生した。それからちょうど50年後、今年は05年体制誕生の年になるのか?自民vs社会ではなく、自民vs民主なんだけど、このふたつの政党に対立軸はない。あえて対立してみせるとすれば、保守の上に保守を重ねる、「笑い飯型」二大政党制を目指すことになるだろう。ボケにボケを重ねるのだ。たまに「それ、オレの面白いヤツやー」とか民主が自民にツっこまれたりするんだろう。

*****

ヒトはあてにならないので、具体的な社会復帰プランを画策中。問題はカネ。
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2005年09月18日

NHKで何が起きたのか

2005-09-18-01.jpg先日、NHK-BSで放送されたチェチェン紛争をめぐるドキュメンタリーをもとにして、その経緯を簡単に書き留めておいた。日常の中で、チェチェンをめぐる情報を目にする機会は少ないので、自分にとってもいい機会だったし、記事を読んだ方からコメントを頂いたりもした。

昨日、9月17日のBSドキュメンタリーは、『チェチェンで何が起きているのか 〜母親たちの告発〜 』と題された番組が放送される予定だった。録画予約していたのに、番組内容が差し替えられてしまっていた。それも、BSオンラインに放送予定の変更情報は掲載されていない。ぼくの持ってるTV情報誌では、19日に再放送の予定があるんだけど、それも別のドキュメンタリー番組に置き換わっている。今後の放送予定にも『チェチェンで…』は掲載されていない。この番組は、もともと今月の上旬に放送されるはずのものが、17日に変更になっていたんじゃなかったっけ?再度、放送が延期になったのか?それとも中止になったのか??

いろんなところで報道されているように、NHKも多くのしがらみを抱えながら番組を編成しているんだろう。それでも、NHKは民放局よりはマシな方だとは思うんだけど。
チェチェンに関する問題は、それだけ深刻だということなのかもしれない。深読みのし過ぎなのかもしれないけど。

参考までに、NHKのサイトに掲載されていた番組概要を引用しておく。

2005年2月、ヨーロッパ人権裁判所はロシア軍がチェチェンで一般市民を殺害するなどの人権侵害を行ったとして賠償金の支払いを命じた。チェチェンでは、ロシア軍によって1万7000人の一般市民が連れ去られ行方不明になる事件が相次いでいると世界的な人権擁護団体(ヒューマン・ライト・ウオッチ)は発表している。しかし、チェチェン武装組織によるテロへの批判が高まる反面、ロシア当局による厳しい報道統制によってチェチェン内部で起きているロシア軍が関与する一般市民の行方不明問題は伝えられてこなかった。夫や子供を殺されたり、連れ去られたりした女性たちは、ロシア軍の掃討作戦が一般の市民を巻き込んでいることを世界の人々に訴えようと動きだしている。ロシア当局もこうした問題について調査を始めた。
 チェチェンで何が起きているのか。被害者の証言や母親たちの活動、そしてロシア当局や軍幹部の証言などをもとに、混迷のチェチェンの実像に迫る。

(関連記事:終わらないチェチェン紛争の背景/2005/08/30)
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2005年09月17日

消し去られるもの

koizumi050911_2.jpg<FNSドキュメンタリー大賞>
『拝啓 小泉総理 郵政民営化で何が変わるのですか』

衆院選挙の後、頭の中はモヤモヤとしてしまっている。ブログの記事を書こうとすると、そのモヤモヤがノイズになって邪魔をする。いっそのこと、そのモヤモヤについて書こうかと考えたりもしたけど、やめた。でも、録画しておいたドキュメンタリーを眺めてみたので、その番組について少し書いてみる。


福島県昭和村。人口は約1,700人で、その半数は65歳以上。大手スーパーやコンビニエンス・ストアはなく、村民は週3回やってくる移動スーパー(トラック)で買い物をする。村にある金融機関は4ヶ所の郵便局のみ。

2004年1月。ひとつの郵便局が火事によって焼失した。日本郵政公社は採算性を理由に、焼失した局の再建ではなく、廃止を決めた。しかし村民の強い働きかけもあって、この判断は覆され、郵便局は場所を変えて存続することになった。
そしてこの出来事をきっかけに、昭和村の人たちは郵便局の存在意義をあらためて見直すとともに、郵政民営化法案の行方を複雑な思いで見守ることになる。

*****

過疎地の郵便局員は、村民の生活に深く入り込んでいる。新聞の宅配がされないから、郵便局が配達をしている。配達の途中に立ち寄った家で、局員は住人と一緒に弁当を食べている。世間話をして、相談にものっている。
雪が積もる冬、お年寄りは外出もままならない。ひとり暮らしの老人の話し相手になるのも郵便局員の役割になっている。

1日3往復するバスをつかって、はるばる郵便局へ足を運ぶ村民もいた。用件は3分で終わる。帰りのバスは6時間後。

ひとりの郵便局長を取材していた。特定郵便局長は世襲制だそうだ。彼で4代目らしい。郵便局は自費で建て、郵政公社に借り上げてもらい、公社から賃貸料を受け取るという仕組みになっている。全国の郵便局の8割が特定郵便局だそうだ。このあたりの仕組みは複雑で難しい。

*****

以前にも少し書いたけど、中央で得られた富を地方に分配するという役割を、自民党は担っていた。今回の選挙において、その継続の是非が問われた。その象徴として、郵政民営化の是非が問われた。そして有権者が答えた。そういうことなんだろう。ただし、問われたのは中央と地方という枠組みだけの問題じゃないんだけど。

ぼくは地方出身で東京で暮らす人間なので、この問題には複雑な想いを抱いてしまう。ぼくが生まれ育った街は、小さいけど県庁所在地だからまだいい方なんだけど。それでもここ数年の間に街の中心にあった繁華街は消滅し、郊外に大きなジャスコができて、民主党の国会議員が選ばれるようになった。今回は落選したみたいだけど(比例で復活した)。
選挙の前、大きな台風が通ったというので実家に電話にした。母親の口から郵政民営化の話題が出た。民営化に賛成する気はないけど、かといって他に投票する候補者がいないって言ってた。確かに、地方の有権者には選択肢が無い。今や自民も民主も都市型政党なんだから。

「豊かさ」のために排除しなければならないものっていうのはあるんだろうけど、何を排除してるのかってことは知っておいたほうがいいだろう。しかし、こういう番組が深夜2時台に放送されてしまうっていうのが現状。それも何かを象徴してるのかもしれないな。
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2005年09月01日

スマトラ島沖地震・津波災害 義援金のその後

redcross01.jpg日本赤十字社から、「スマトラ島沖地震・津波災害 救援活動と救援金使途内容のご報告」という封書が届いた。まさかこんなかたちで義援金の情報がフィードバックされるとは思わなかったので驚いた。でもこうやって、忘れた頃に情報を受けとれるっていうのもいいもんだな。

赤十字の活動を通して、世界で2,300億円の義援金が集まったそうだ。そのうち、日本赤十字社へ寄せられた義援金は97億9,300万円(16万4,691件)。この金額は全体の約4%にあたる。この比率って、いかがなもんだろう。

日本赤十字に寄せられた義援金の約50%は、今年度までの復興・生活支援費としてつかわれる予定。残りの50%については、2010年を目途とした中・長期的な復興支援事業に充てられるそうだ。詳細はネットで確認できる(リンク)。
地域の復興は始まったばかりのようで、インドネシアとスリランカの両国では、今も避難所や親戚の家で生活している被災者が90万人以上にも上る。

ちなみに、新潟中越地震の義援金は約166億円(7月1日時点)が集まっている。こちらは現在も寄付を募っているようだ。

国内では今も地震が頻発していて、さらに大規模な地震が発生する可能性も高いといわれている。地震被害は他人事ではないってことですね。
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2005年08月30日

終わらないチェチェン紛争の背景

chechen04.jpg

NHK-BS 戦後60年 歴史を変えた戦場
『チェチェン混迷の11年 紛争とテロの背景』(制作:英BBC)

11年間続いている紛争によって、10万人以上のチェチェン人が犠牲になったという。かつての人口の約半数は死亡、もしくは難民として国外へと避難している。また、ロシア軍に連行され、その後行方不明になったチェチェン人は3,000人以上にのぼるともいわれている。現在もロシア兵による掃討作戦は続行されていて、1週間当たり約3人のチェチェン人が連行され、行方不明になっている。

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紛争の発端

チェチェンとロシアの紛争は18世紀に端を発する。のちの旧ソ連におけるスターリン体制下では、チェチェン人の強制移住が実施され、かわってロシア人がチェチェンに移り住むようになった(1944年)。スターリンの死後、1957年にチェチェン人は帰郷を許されたが、その後もチェチェン文化に対する抑圧は続いた。イスラム教にもとづくチェチェン文化は野蛮だとされたのだ。この間、チェチェン人のロシアに対する憎悪は強まっていく。

1991年のソ連崩壊をきっかけに、チェチェン共和国は一方的に独立を宣言し、初代大統領としてジョハル・ドゥダエフが就任する。その後、ドゥダエフはロシアに対して強硬な姿勢を貫きながら、国内の武装化を推進する。この頃、チェチェン国内には武器が溢れ、露店では対戦車砲がわずか150ドルで売られていた。

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第1次チェチェン紛争

chechen07.jpg1994年11月26日、エリツィンの指示により、ロシア兵が傭兵を装って首都グロズヌイに侵入し、ドゥダエフ政権の転覆を謀るが失敗に終わる。
同年12月11日、エリツィンは4万の兵力をグロズヌイに投入し、本格的なチェチェン侵攻を開始する。その後12月31日に総攻撃を仕掛けるが作戦を全うすることはできなかった。

年明け後、ロシア軍は1日に5万発の砲弾を浴びせる集中攻撃を実施する。この攻撃により、グロズヌイは廃墟と化した。それから数週間に渡る戦闘の末に、ロシア軍はグロズヌイの占拠に成功し、チェチェン人は山岳地帯へと撤退する。この時、約27,000人のチェチェン市民が犠牲になったといわれている。

山岳地帯での戦闘が始まった当初、ロシア軍は慣れないゲリラ戦に苦しめられる。ゲリラ化したチェチェン人がロシア兵を惨殺する様子はVTRに収められ、中東のイスラム主義者の手に渡った。チェチェン人のロシアに対する戦いはジハードと見做され、中東から潤沢な資金と過激派のテロリストが流入するようになる。

半年後、継続されるロシア軍の攻撃によって、チェチェン武装ゲリラは窮地に立たされる。しかしロシアの病院を占拠し(1995年6月)、約1,500人の患者や医師を人質にとったことをきっかけに、チェチェン・ゲリラは息を吹き返す。この病院占拠事件を指揮したのは、当時チェチェン野戦司令官であったシャミーリ・バサーエフだとされている。

この事件をきっかけに、ロシアのチェルノムイルジン首相は停戦を呼びかけるようになるが、その後も紛争は続く。1996年4月には、ドゥダエフ大統領がミサイル攻撃により爆殺される。しかし大統領の死後も、チェチェン・ゲリラは野戦司令官に統率され、ロシアに対する反撃を継続する。紛争はまだ終わらない。

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2005年08月17日

アメリカ産牛肉の輸入再開は選挙後?

テレ東・ガイアの夜明け「アメリカ牛肉は大丈夫か」を観る。「大丈夫か?」って大丈夫じゃなさそうw

kuroushi.jpgアメリカ産の牛肉が輸入禁止になって2年近くになる。現在は日米の間で、輸入再開の準備が着々と進められている。選挙の後、年内には再開されるんじゃないだろうか。でははたしてアメリカ産の牛肉は安全なのか?という番組だった。

食用牛に対するBSE検査。現在日本では全頭を対象にして実施されている。対してアメリカでは全体の1%。月齢30ヶ月以上で病気の兆候がある牛(歩行困難な牛など)に対する検査に限られている。現状では検査基準の格差がとても大きい。その格差が輸入再開の妨げになっている。
しかしその問題は、日本側が検査基準を引き下げることで解決するようだ。月齢20ヶ月以下の牛に対しては、BSEの検査対象から外すことで日米間が合意している。

番組では、アメリカの食肉加工の実体を取材していて、検査基準だけではなく、危険部位の除去作業にも問題があることを指摘している。つまり、かなり作業がずさんなのだ。といっても、それはひとりの内部告発者の証言とビデオ映像に基づいたものなんだけど。まあ一事が万事ってところなんじゃないだろうか。
他にも、月齢の測定方法が歯の生え方の目視だったりとけっこういい加減だ。牛の個体識別のためのシステムがないからそうなるらしい。この方法だと、判断に半年ほどの誤差が生じるようだ。

安価なことで人気のあるアメリカ産牛肉。仙台の牛タン屋では、オーストラリア産の牛タンに切り替えたことで、仕入れ値が10倍になったらしい。しかし、安いということは、それなりの理由があるはずだと考えるのが自然なんじゃないだろうか。

どちらにしても、郵政事業の民営化と同様、この牛肉輸入の問題も、アメリカからの強いリクエストには応じないといけないということなんだろう。成長ホルモン使用の問題で、アメリカ産牛肉はEUにも輸出することができない。だから日本に頼る部分は大きいんじゃないだろうか。日本人だったら喜んで食べるだろう。

BSEに関する報道って、当初は消費者寄りだったような気がするけど、いつの間にか業界側に立った報道ばかりになったような気がする。食のアスベスト問題ってところか。食肉業界は闇の世界との関わりが強いところだし、いろいろと難しいことも多いんだろうな。

*****

最後に話が変わって地震の話題。東京ではゆっくりだったけどとても振幅の大きい揺れを感じた。TVのスイッチを入れたらフジTVで、原発から白い煙が出てる映像を流してた。原発からはそういう事実はないって報告があったらしい。煙が出てる映像を流しながら、そういう事実はないってコメントしてた。思わず笑った。それからTVでは、そのことに触れてないような気がする。よくチェックはしてないけど。原発こそ利権がらみでいろいろと圧力が強いだろうから、アスベスト以上に危険なのかもしれないな。目に見えないし。
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2005年08月12日

ビッグイシュー 創刊から1年半、その現状

FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
『路上に賭けた人生 〜ビッグイシューという挑戦〜』

bigissue32.jpg昨年のNONFIXとは別のドキュメンタリー作品。創刊から約1年半。ビッグイシューの現在が取材されている。

ビッグイシュー(link)については昨年末にも書いた。その後のビッグイシュー。今年の4月末、その実売数は100万部を超えたそうだ。この売り上げによって、販売員の方たちには1億円を超える収入がもたらされた。

しかしその一方で、売り上げは低迷をしているらしい。毎号2,000冊ずつ売れ残ってしまっている。さらにその知名度の低さから、企業からの広告もとりづらく、スポンサーとなる企業を見つけるのも難しい状況のようだ。ビッグイシュー日本が抱える累積赤字は1,000万円を超えるという。

販売員の生の声が聞けた。買う、買わないは別として、去年までは、通りを歩く人達の視線が看板や雑誌、販売員へと向けられていた。約半数の人達の視線を販売員たちは感じたという。それが最近では減ってしまった。その理由は定かではない。しかし、なんとなく感じるものはある。

さらに硬質でクリーンな社会が求められているこの国の中で、このままビッグイシューは黙殺されてしまうんだろうか。

番組では、代表の佐野章二さんの他に、東京でスタッフとして働いている香取剛さん(28)と池田真理子さん(29)の姿を追っていた。香取さんは情報誌を発行している出版社を辞めて、ビッグイシューを選んだ。池田さんはモデルを辞めて、その後ビッグイシューを見つけた。それぞれに思うところがあって、今の仕事を選んでいる。彼らが求めているなにかが、現代社会の底辺を生きる無縁の人達との繋がりの中で見つかった、ということなんだろうか。とても感じるものがある。余談だけど、池田さんはこれからも素敵な女性でいて欲しいな。

*****

以下には、去年NONFIXを観たときに書いた、ホームレスとビッグイシューについての文章を、少し修正して再掲載する。少しでも参考になれば。

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2004年12月22日 『雑誌「ビッグイシュー」を知っていますか?』
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2005年08月11日

快適なこの空間を仕切る壁の向こう側にはアスベストが詰まっている

asbestos.jpgぼくが住んでいるこの場所のすぐ裏には古い公営の団地があった。あったというか、まだあるんだけど、住んでいた人達は既に退去していて、解体工事が始まったところだ。そのまた裏には大きな公営の病院があったんだけど、それはずいぶん前に解体が終了し、更地になっていて、今は縄文遺跡の発掘調査と基礎工事がなされている。高度経済成長期の庶民の暮らしを支えてきた建築物の役割が、終わりを告げている。そしてこれらの工事によって生まれる広大な土地には、URによって新しい集合住宅がつくられるのだそうだ。どうなることやら...

実はこの1、2年、へんな咳がでるようになって、くしゃみもでたりする。交通量の多い道路から賊ざかったところに引っ越して、環境が良くなったはずなのにおかしい。部屋の掃除が不十分なのかと思ってたんだけど、ここ最近の報道のされようをみると、掃除のせいじゃないのかな、ひょっとしてアレかな、なんて考えてしまう。

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戦後60年。建築物は木造モルタル式から鉄筋コンクリートへとシフトした。より硬質で、居心地のいい空間づくりのために。部屋を仕切る壁もより堅牢になり、柔らかな仕切りである襖や障子は消えつつある。エアコンもあたりまえのように普及している。不快な要素は排除され、とても快適な空間が手にはいるようになった。ぼくが暮らしているこの部屋も、こじんまりとはしてるけど、とても居心地がいい。

五木寛之さんがこの建築様式の変化を、湿式から乾式への転換と呼んでいた。それが戦後日本社会の変容を象徴していると。全てがドライに。だから人間の命も乾き、軽くなってしまったのだと。なるほどうまいこと言うな、なんて思ったんだった。

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この快適な空間をかたちづくっている壁の中には毒が詰め込まれているらしい。安価な断熱材として。その毒が今、静かにゆっくりと人間を殺している。何十年もかけて。乾いて軽くなった命を。何万人、何十万人と。

この国の中では、欧米のようなテロ事件は発生しづらいのかもしれない。しかし、すでに違うかたちでいわれのない大量殺人が起きている。なにしろ、イラクで見つからなかった大量殺戮兵器が、この国の日常の中に発見されたのだから。
過度に拡大する均質で平坦な社会。その社会のしわ寄せとして発生する殺戮行為がテロだと考えると、このアスベスト問題も一種のテロ行為だといえるのではないだろうか。ぼくはこれを日本型の静かなテロだと捉えている。ぼくの妄想の中で。この前のJR西の事故も。頻発する旅客機の整備不良も。毎年3万人を超える自殺者を生む社会的圧力にしても。

しかしこのアスベスト問題の責任は誰がとるんだろう。このテロの首謀者は誰だ。アルカイーダか。ぼくの無関心か。国民の無関心の総和がそうさせたのか。

*****

近所の解体工事が無事に済めばいいけど。アスベストを撒き散らさずに。それは無理かな。
URさん、おねがいりんこ...
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2005年08月08日

小泉の911は何を破壊するのか

koizumi02.jpg郵政法案が参院本会議で否決された(賛成108/反対125)。その結果を受けて臨時閣議が開かれ、衆院の解散・総選挙が閣議決定された。その際、解散署名を拒否した島村農水相は罷免された。当面は小泉首相が農水相を兼務する。(ソース多数)


自民党内の派閥闘争も収拾がつかなくなってしまったようだ。ここ最近の様子を報道で眺める限り、事態は派閥闘争を超えてしまっているようにも感じられる。
とても愚かな状況だと思うけど、こういった事態に陥るのもしょうがないかな、とも感じている。国会議員は有権者の鏡にしかすぎないから。国会議員が有権者の民意を超えて振舞うことはありえない。国会の有り様には有権者の民意が投影されている。

*****

郵政事業の民営化が、どう国民に利益をもたらすのかはよく判らない。どうも胡散臭いが、改革、特に公営事業の民営化なんて胡散臭さが付きまとうものなんだろう。改革の表と裏。炭鉱から郵政まで。近代日本の民営化の裏側にはドロドロとしたなにかが隠されている。でも小泉改革は表が薄く、裏ばかりで動いているような印象を受ける。

郵政事業をめぐる利権の仕組みについては知識がないけど、反対している議員たちはそこからなにかしらの利益(票・金)を得ているんだろうことは理解できる。だからといって、彼らを全て悪役に仕立て上げるのはどうかと思う。
自民党は、戦後の高度経済成長を背景にしながら、富の平準化に貢献してきたんだと理解している。国内の都市部で生まれた巨大な富を、地方へ、または東アジアを中心にした海外諸国へと配分してきたのだ。

バブルの崩壊をきっかけに、日本の高度経済成長も終焉を迎え、旧来の自民党の機能には異議が唱えられるようになった。富の平準化は無駄だと見做されるようになったのだ。そういった世論の高まりにおされて小泉政権は生まれた。公営事業の見直しにしても、外交(特に対東アジア政策)にしても、小泉首相は一貫して旧来の自民党を支えた者達から、その役割と、得ていた利益を奪おうとしている。その結果、この社会の格差は拡がっていくのだけど。経済の低成長時代の中で、富める者がより多くの富を得るためにはそれしかないのかもしれない。

*****

衆院選挙は911に実施されるようだ。911か...小泉が突入する911。そこで破壊されるものはなんなんだろう。
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2005年07月30日

映画「チベット・チベット」 上映イベント情報

tibet_tibet.jpgチベット問題とは何なのか?「チベットチベット」を見れば誰でも理解できます。
それは僕自身がこの映画を作るまでチベット問題について何も知らなかったから。

 在日コリアン3世の僕が自分探しの旅の途中に出会ったチベット問題。53年前中国に支配されて以来、年々失われてゆくチベットの民族性を守るため、今でも年間3000人以上が雪のヒマラヤを歩いて越えて命がけでインドへ亡命しています。


- from official site(link) -


チベットの今を取材したビデオ・ドキュメンタリー作品、「チベット・チベット」の上映イベントのお知らせ。たまたま田口ランディさんのブログ(link)で見つけた情報です。
このビデオ・ドキュメンタリーでは、チベット自治区内で進行している民族浄化の現状や、チベット亡命政府におけるダライ・ラマ14世の活動の様子などが映像化されているんだと思います。
日本国内では、中国政府におけるチベット自治区迫害についての報道はほどんどありません。黙殺されているというのが現状です。映像化されたチベットを見ることができるのは貴重な機会だと思います。興味のある方は是非チェックしてみてください。

【日時】
2005年8月6日 19:30−

【場所】
東中野ポレポレ座一階オープン・カフェ
(中野区東中野4‐4‐1 「ポレポレ坐ビル」一階)

【内容】
第一部:ドキュメンタリー映画「チベット・チベット」上映会(1時間30分)
第二部:トークイベント&ライブ(オールナイト)
ゲスト:
金森太郎こと金昇龍(チベット・チベットの監督)
宮台真司(社会学者)
森達也(映画監督・作家)
本橋成一(写真家・映画監督)
ライブ: 
コオタオ(ミュージックグループ)

【料金】(予約制)
前売り予約 4000円(ワンドリンク付き)
当日     4500円

詳細は田口ランディブログを参照してください(link)
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2005年07月24日

ルワンダ大虐殺を振り返る

NHK-BS 戦後60年・歴史を変えた戦場
「元PKO部隊司令官が語る ルワンダ虐殺」(カナダ)

2004年、大虐殺から10周年を記念した追悼式にするために、ロメオ・ダレール氏は再びルワンダを訪れた。1994年に起きた民族大虐殺の際に、彼は国連平和維持部隊の司令官としてルワンダに駐留していたのだ。この番組は、式典に参加するダレール氏の姿を追いながら、当時のルワンダの状況を振り返っている。

Rwanda.jpg当時のルワンダはフツ族とツチ族の対立によって内戦状態にあったが、1993年8月4日、両民族の間に和平協定が結ばれた。この和平協定の維持のため、国連の平和維持部隊(PKO)が現地に派遣される。

平和維持部隊派遣後も政府軍(フツ族)と反政府軍(ツチ族)は緊張状態にあった。フツ族の中には、政府軍に加わらずにツチ族撲滅を図っている過激派が存在していて、その緊張状態に悪影響を及ぼしていた。平和維持部隊は、フツ族過激派によるツチ族の虐殺計画の情報を掴むが、国連本部からの指示によって、その計画に介入することはなかった。

2004年1月11日、ルワンダ大統領機がロケット砲によって撃墜されてしまい、ルワンダは無政府状態に陥る。その混乱の中で、フツ族によるツチ族の大虐殺は実行された。国連が傍観する中で、100日間のあいだに80万人以上ものツチ族の人々が殺害されてしまった。
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