2006年07月05日

「これからはじまる音楽のために」 映像配信

先日、多摩美術大学で開催されたイベント『これからはじまる音楽のために』(過去記事)の記録映像が、ビデオPodcastで配信されているのでリンクしておく。

芸術学科 21世紀文化論 第1回「これからはじまる音楽のために」(link)

うちのPCには、まだiTuneがインストールされていない...


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2006年06月14日

「音楽のつつましい願い」 つつましさから生み出されるもの

中沢新一×山本容子共著『音楽のつつましい願い』

ongaku_tsutsumashi.jpg中沢新一が選んだ11人の作曲家たち。彼らの音楽からインスパイアされたという山本容子による挿画をはさみながら、それぞれの作曲家にちなんだエッセイを中沢新一が綴っている。

東欧を中心としたヨーロッパ諸国や、この日本で活動したといわれる11人の作曲家たちは、皆つつましやかに、それでも強い情熱をもって創作に打ち込んだという。ぼくはこの11人の作曲家のことを知らなかったのだけど(山本容子さんもそうだったらしい)、それでも知らないなりに、彼らが旋律を紡ぐときに大切にしていた何かを少しは感じとることができたような気がした。少なくとも、そう錯覚させるだけの強い想いが、この作品の中にこめられているような気がする。

だが、考えてもみよう、外面におけるつつましさこそ、音楽にそなわった最大の美徳ではないのだろうか。あらゆる芸術は、心の内面と四大元素でできた外界との、ちょうど中間に形成される、特別な空間でおこる生命的な現象だ。その中間領域には、生命力と生命の「かたち」を生み出すゲシュタルト情報が、しまいこまれている。絵画はそこを出て、物質的外界に向かおうとする、強い欲望をいだいている。外界の空間的な拡がりの中に、自分をつきうごかしているものを実現させ、定着させようとする欲望だ。
ところが、音楽の場合には、自分を空間の拡がりとして、実現しようとする欲望が、きわめて希薄なのだ。絵画が、自分を平面や立体としてつくりだそうとするときに、音楽はその一歩手前に、点として、とどまりつづけようとするのである。いっさいの空間現象のマトリックスではあっても、いまだに空間そのものをつくりだすことのない、あの中間領域にとどまりつづけて、自分を拡がりとして、空間に刻み込もうとはしないのが、音楽にそなわった美徳の源泉だ。(p.24-25)


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本書にこめられている音楽に対する想いは、先日おこなわれたイベント(過去記事)と深いレベルで繋がっているのだろう。今後、活動を始めるという新レーベルから、どのような音楽が生み出されるのだろうか。

そういえば、本書は中沢氏がつつましく活動することを強いられた時代に生み出されている。という背景も、考えてみるとなかなか興味深いものがある。
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2006年06月04日

「石田英一郎の夢」 水界の幼子と母のイメージをめぐって

芸術人類学研究所 開所記念シンポジウム
『石田英一郎の夢 ―芸術人類学研究所の旅立ち―』

土曜日は終日曇り。八王子まで足を伸ばし、多摩美術大学でおこなわれた芸術人類学研究所のシンポジュウムに参加した。開設以来、初のシンポジュウムとなる。入場は無料(先着300名まで)。

ishida_eichiro060603.jpg前回のイベント(過去記事)ほどは賑わっていなかったけれど、それでも会場の座席はほぼ埋まっていたと思う。シンポジュウムは中沢新一氏の挨拶に始まり、続いて吉田禎吾氏(東京大学名誉教授)、小松和彦氏(国際日本文化研究センター教授)の講演、その後、鶴岡真弓氏を加えた4名による討論という内容だった。ぼくは石田英一郎についての知識が全くなかったのだけれど、それでもこの濃密な時間を自分なりに楽しむことができた。

石田英一郎氏はこの国の文化人類学の創始者であり、多摩美術大学の第2代学長であった(あと、治安維持法の逮捕者第1号でもある)。学長就任後、彼は多摩美を拠点として様々な芸術や学問を総合した文化人類学の新しい研究を構想したが、就任からわずか半年で急逝。中沢氏の挨拶によると、かつて石田氏により構想された研究のコンセプトと芸術人類学は、深いレベルで繋がり合っているのだという。

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このシンポジュウムで紹介された、石田氏による桃太郎や一寸法師の研究はとても興味深いものだった。

昔話にしばしば登場する、桃太郎や一寸法師などの「水辺に現れる子供(あるいは童形の小人)」は、古くから伝わる河童という妖怪のイメージと繋がっており、また、これらのイメージは、水神の成れの果てと考えることができる。さらに、桃太郎や一寸法師の側には母のイメージが寄り添っていて、これは旧石器時代から伝承される「水神と母」という母子神信仰と繋がるのだという。旧石器時代の「母と水神」というイメージが、時代を下るにつれて、「牛と水神」、「馬と水神」と移り変わったというのだ。

馬は水神に生贄として差し出されていたが、人間がそれをしなくなったために、水神は河童に姿を変えて、馬を水界に引きずり込もうとする。それを「河童駒引」というのだが、同じような伝承は、中国、蒙古、カシミールなどからヨーロッパに及ぶユーラシア全域で発見されている。

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ほかにも、古代ヘブライ人と通じるアフリカ・マサイ族の世界観であるとか、17世紀の日本でみられたマリア観音(マリアのイメージと観音様が結合されたもの)、琉球に伝わる「赤い小人」の伝承とアメリカ・インディアンの繋がり、セーヌ川などヨーロッパ各地の川の流域に伝わるエポナ(馬の女神)のイメージ、GODIVAのチョコレートに刻まれる「馬と女神」の表象などなど、「母と子」、そして「豊穣」というイメージを起点として、旧石器時代から世界各地に広がる様々な表象について話題はめぐり、その断片を拾うだけでもよい刺激になった。

討論の最後に、牛のイメージがなぜ馬に変わったのか、という話題でひとしきり盛り上がっていた。馬の持つスピード感にその理由があるのかもしれないという話が出ていたけれど、そのやりとりを聞いていて、ぼくは熊本のボシタ祭りのことなどを思い起こし、馬といえばペニス(巨根)だなあ、などと下ネタに想いをめぐらせてみたが、そこから先に想いを進めることはできなかった。まずは『河童駒引考』を読んでみたい。

(関連記事:「河童駒引考」 家畜と交わる水の神とは/2006/07/03)
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2006年05月14日

これからはじまる音楽のために

kii_katuura200604.jpg

21世紀文化論イヴェント
中沢新一 X 細野晴臣 「これからはじまる音楽のために」@多摩美術大学

5月13日(土)、終日雨。冷え込みの厳しかった5月の午後、無料イヴェントだというので八王子まで足を運んだ。会場(レクチャー棟Aホール)前にはすでに長蛇の列ができていて、会場内では通路で立ち見に座り見、それでも中に入れなかった人たちは別会場(同Bホール)に誘導され、そこに配信される映像を眺めることでこのイベントの行方を見守らなければならなかった。かなりの盛況ぶりだった。

前半は中沢新一氏と細野晴臣氏による対談。同校芸術学科客員教授に就任した細野氏に対して中沢氏が、”教授”といえばもう一人いたね、という軽口を浴びせ、それがツカミとなって軽やかなトークがスタートした。冒頭はふたりを結びつけたというインド(での下痢)の思い出(とくに死相が表われた人を日本人は避けようとするが、インド人は逆に近寄ってくるという話は面白かった)、そして細野氏と弘法大師との関係、YMOか高野山かで迷ったという細野氏の岐路、ふたりで日本の聖地を巡り『観光』という本を出した時の印象、YMOに横尾忠則氏を誘ったというこぼれ話、アメリカを通して日本を眺め直すことで新たな日本を再発見しようと試みたYMOというプロジェクト、その功罪、細野氏を魅了するカリブ音楽の醍醐味についてなどなど、即興的な対話はあちこちに逸れつつ、それでもひとつの大きなうねりのようなものが感じられて、多分この対話自体がある種の音楽として意識されているのだろうな、と思った。

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このイヴェントの主題となっていたのは、極限まで均質化を推し進めようとする世界における音楽の可能性について、ということになるのだろう。

音楽産業がその規模を拡大させていくに従って、市場に出回る音楽は均質化を強いられてきた。それは西欧でピアノという楽器が生まれ、音階・音程が合理化されたところから既に始まっていたのだという。しかし、かつて世界の”外側”に位置していたインドや中東の音楽はもっと複雑な構造を持っていた。同じようなことはカリブの音楽にも当てはめることができる。とくに曲の中で拍子が緩やかに変化するところなどはカリブ音楽の真骨頂で、それは聴く側以上に奏でる側に強い快感を与えるのだという。さらに、カリブ諸国は西欧に支配されてきた歴史があるにもかかわらず、現地の人々は西欧人が持ち込んだ音楽を拒絶するのではなく、それを受け入れながら消化し、自分たちの音楽の中に溶け込ませてきたのだ。その有機性には味わい深い魅力が感じられる。イヴェントの後半では、そのサンプルとしてマルティニクの音楽やカリプソなどが紹介され、また、細野氏に越美晴さんも加わって3曲ほど実際に演奏を聴くこともできた。

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芸術人類学研究所では、新しい音楽を生み出すための新レーベルを立ち上げようとしている。そのためにNPOをつくり、細野氏のリードによってそのプロジェクトが進められるという。細野氏の話によると、市場システムとは距離をとりつつ、ネットによる配信だけではなく、パッケージを供給することも予定しているのだそうだ(4月27日の読売新聞にその記事があるのだけど、ネット上では公開されていない)。

そのタイトルからはG.L.ゴダールの『アワーミュージック』が連想される、予想以上に面白いイヴェントであった。ほかに書き留めておきたいことはまだまだあるのだけど、対談の冒頭で展開された下痢の話がとても面白く、というか、おふたりがとても活き活きとそれについて語られていたので、ついそれにつられて下痢の話を長々と書いてしまい、それを直していたらやけに時間が経っていた。夜も更けてしまったので、書き残したことはまた別の機会にゆずるとする。

(デジカメ修理中のため、画像は記事の内容と一切関係ない)
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2006年05月08日

芸術人類学に関する報道記事

昨日の『芸術人類学』に関連して、多摩美術大学に創設された「芸術人類学研究所」についての報道記事にリンクを張っておく。

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『芸術人類学:多摩美大に研究所創設 中沢新一所長「野生を再び」』(link)

art_anthropology02.jpg◇芸術人類学とは何か?

 多摩美術大(東京都八王子市)に今月、「芸術人類学研究所」が創設された。芸術「Art」と人類学「Anthropology」の語を結ぶ造語「Art Anthropology」の生みの親・人類学者の中沢新一さんが所長に就任する。各分野の第一線で活躍する人材を集めた研究所は何を目指しているのか。【手塚さや香】

 ◆心の本質に迫る

 講義録シリーズ『カイエ・ソバージュ』(「野放図な思考の散策」の意・講談社選書メチエ)全5巻のなかで、中沢さんが繰り返し語ってきたのは、「人間の心の本質は、旧石器時代からの数万年間変わっていない」ということだった。変化していないにもかかわらず、現代人の感覚や思考は家畜のように飼い慣らされ、「野生」は忘れられている。「現代人の心にふたたび創造的な『野生』を取り戻すこと」。中沢さんは創設の狙いをこう説明する。

 そもそも「芸術」、「人類学」とは何か。12日の開所式に先立って行われた記者会見で「芸術は人間の魂の一番深いところからわき上がってくる感動や思いを美の形に結晶させていく行為」、人類学は「人間というものを理解するのに一番深いところまで潜りこむ学問」と説明した。

 中沢さんが「人間がつくりだした最初の芸術」として提示するのは、南仏のラスコーの古代洞くつ壁画。4万年ほど前に、暗闇の洞くつの中でこの作品を残した人間たちの心にはいったい何が起きていたのか。この人間の心の内面への問いかけが芸術人類学の出発点とも言える。(以下略/2006年4月14日 毎日新聞)

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記事の中で紹介されている6名の研究所員以外に数名の協力者の名前が挙げられているのだけど、その中に茂木健一郎氏の名前があるのがとても興味深く感じられた。というのも、昨年、彼の著書『脳と創造性』(過去記事)を読んだときに、中沢氏の『カイエ・ソバージュ』のことを思い出し、この逸脱者同士が接近したら面白いことが起きはしないだろうか、と考えたりしていたので、そんな自分の”シナリオ”がこうやって実現したことを目の当たりにできて、なにやらフムフムとひとり納得してしまったのだ。茂木氏については著書を1冊読み、講演に1回参加しただけで、その後はいつものように飽きてしまい、彼のブログもチェックしなくなっていたので、またブログだけでも覗いてみようかと思う。

さて、明日も早起きしなければならないので、今晩はこれくらいで寝ることにしよう。
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2006年05月07日

「芸術人類学」 野生の野を開く鍵

art_anthropology.jpg中沢新一著『芸術人類学』(みすず書房)

今から数万年の昔、我々現生人類の祖先はアフリカ大陸を抜け出し、三方に分かれながらユーラシア大陸を移動した。西方に向かったそのうちひとつのグループは、ピレネー山脈の麓付近に留まり、そこで新しい生活を開始したのだった。彼らはその営みの中で、ある聖なる儀式を執り行っていたのだという。その痕跡は、動物や人物などを描いた洞窟内の壁画として今も残されている。

洞窟の中ではある種の通過儀礼が行われていたようだ。月や太陽の光が断たれた暗闇の中で、人類の祖先は何を目にしていたのだろうか。現生人類の脳は、外界からの情報を一切遮断してしまうと、脳内で流動している内なる映像を暗闇の中に浮かび上がらせようとする。おそらく、彼らはその暗闇の中で、自身の内部で蠢く”流動する心”と対峙し、その心の奥底から湧き出てくる映像をすくい取ることによって、超越性を備えた内なる野生の領域へと迫ろうとしていたのだろう。この真の暗闇の中で執り行われた聖なる儀式が、人類による芸術と宗教の原初のかたちとなったのだ。

中沢氏は、この人類が今も抱える”流動する心”を土台にした新しい人類学の構築を試みようとしている。それは、「野生の思考」を主題に据えたレヴィ=ストロースの構造人類学と、非知の働きを現生人類の心の本質として見出したバタイユの思想、このふたつの思想を結合した先に立ち現れる未知の思考の領域を開くためのものであるという。

『私たちは人類がまだ、自分の心の奥に野生の野を抱えていて、いまではすでに失われてしまったように思われている、その野を開く鍵を再発見することがじつはいまでも可能であることを、確実な仕方であきらかにしてみせたいのです。現代においてはめったに見られなくなった無謀な企てに、私たちは乗り出そうとしています。「芸術人類学」の守護神は、それゆえドン・キホーテその人です』(p.26)

重層的に発達した脳の中に肥大化した前頭前野を抱え込んでしまっている現生人類は(過去記事)、その”呪われた部分”の働きによって、高次元的に流動する自由な心を備えるようになった。その内側に”超越的な何か”を抱え込んでしまっているのだ(人類はその超越的な何かのことを、しばしば”神”と呼ぶ)。人間の立ち振る舞いが妄想的で、どこか過剰なところがあり、神の名の下にしばしば狂った行動をとってしまうのもおそらくこのためなのだろう。

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思ったよりも書下ろしが少なかったけれど、並べられた言葉は刺激に満ちたものだった。やはりぼくは、「すでに大きな物語は終わっている」などと唱えながら何かに蓋をし、既得権益の残骸にしがみつこうとすることよりも、その蓋を外す、というか、この均質な空間の底に抜け穴をつくり、その先で荒々しく蠢いている野生の領域に接近しながら、この社会と何かしらの繋がりを保とうとすることの方に心惹かれてしまう。

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以前このブログでとりあげた『十字架と鯨』(過去記事)が本書に収録されている。また、ページ右の"LINKS"からリンクを張っている「芸術人類学研究所」のサイトの中に、本書に収められている文章の一部が掲載されている(VISION:「芸術人類学とは何か」)。
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2006年04月01日

「人類最古の哲学」 片方の靴を失うシンデレラの謎

中沢新一著『人類最古の哲学 カイエ・ソバージュT』講談社選書メチェ

中沢新一氏による講義録、全5冊。その第1冊を再読。神話を人類史上最古の哲学として紐解き、その独自性と内部に抱え込まれた矛盾を明らかにしながら、「哲学」という言葉に野生の生命を回復させようとした思考の冒険。

cahier_sauvage01.jpg「人間ははじめにしか本当に偉大なものは創造しないものです」と中沢氏はいう。その「人間のはじめ」とは、現生人類(ホモサピエンス・サピエンス)が現れた三万数千年前にまで遡る。それまでの動物や原人とは異なり、前頭前野(過去記事)を高度に発達させた現生人類は、それまで地球上には存在しなかった特異な思考回路を獲得し(その回路は「心」と呼ばれている)、脳内に蓄積した知識を神話というかたちに組織化できるようになった。これが人類最古の哲学である神話の成り立ちである。

『あらゆる神話には、ひとつのめざしていることがあります。それは空間や時間の中に拡がって(散逸して、とでも言いましょうか)、おおもとのつながりを失ってしまっているように見えるものに、失われたつながりを回復することであり、互いの関係があまりにバランスを欠いてしまっているものに、対称性を取り戻そうとつとめることであり、現実の世界では両立が不可能になっているものに、対称性を論理的に探り出そうとすることです』(p.25)

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異界をつなぐ燕石

takaragai04.jpg「燕石(えんせき)」が神話の世界への入り口となっている。日本で燕石の話がはじめて登場するのは『竹取物語』である。「結婚したがらない女」であるかぐや姫は、結婚を求める男に対し、燕石をみつけてくれたら結婚する、という条件をだす。男は家来に燕の巣を漁らせるが、みつけることができない。かぐや姫は結局すべての求婚を袖にして、超越的世界(月)へと去ってしまう。このような、「結婚したがらない女」を題材にした神話は環太平洋に広く分布している。女は同族と結婚する「族内婚」を拒み、熊や狐、あるいはシャチなどの異界の動物たちと結婚してしまうのだ。彼女たちは人間の世界の中に繋がりを見出すことができず、異界の彼方へと立ち去らなければならなかった。

燕石とは、燕が海から運んできて巣に置くという子安貝などの貝や石の総称である。燕石は縄文時代から安産の守り神として珍重されていた。燕が精力絶倫の動物だとされていたこと、また燕は冬と春、海と陸という異界を繋ぐ生き物だとされていたこと、燕石によって親鳥が雛の目の病気を治すと思われていたこと、鳥の巣漁りをするときの手触りが性的な感覚とよく似ていることなどから、燕石が女性の安産と繋げて考えられるようになったようだ。かぐや姫は、この燕石をみつけることができれば、その不思議な力によって自分と男が結びつけられるのだと言いたかったのだろう。ここで燕石は、引き裂かれたものをつなぐ為の媒介として捉えられている。このような燕石をめぐる伝承もまた、ユーラシア大陸に広く伝えられている。

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豆を嫌うピタゴラス

異界をつなぐ媒介は燕石だけではない。神話には狐やカラス、熊などが媒介者として多く登場する。そして豆も強い媒介機能を持つとされている(死の世界との媒介としての豆は、日本でも節分の豆まきやお彼岸のぼた餅としてその機能が保存されている)。豆は、男性の性器における睾丸、そして女性のクリトリスを表象する両義的な存在として、男女の性をつなぐ媒介であると考えられていた。また、生命に近い食べ物である穀物と対立して、死に近い食べ物であると見做されていたのだ。

両義性を備える豆を嫌ったという歴史上の人物が紹介される。異界をつなぐ媒介者を好んで描く神話の世界とは対照的に、豆や燕を思考の領域から排除しようとした人物としてピタゴラスが挙げられている。彼は自分の教団の掟として、そら豆を食べてはならない、家内の燕の巣は排除しなければならない、と取り決めていた。彼は何故そら豆や燕を排除しなければならなかったのか。ピタゴラスの掟とその思想との関連性や、純粋性を追求する彼の価値観が西欧の形成に大きく影響したことなどが指摘されている。

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死の刻印とシンデレラの靴

そして人類的な神話としてのシンデレラ物語が紹介される。これも有名なシャルル・ペローの童話だけではなく、ユーラシア大陸全土で様々な異文が語られているのだ。そのシンデレラたちは灰やかまどなどの異界との媒介と近しい存在であり、ほかの様々な神話的媒介を結集して、引き裂かれた世界(社会的地位の高低、男と女など)をつなぎ直そうとしている。本書ではグリム兄弟のシンデレラ、ポルトガル版『かまど猫』、そして最古のシンデレラとされる中国の『酉陽雑俎』などがとりあげられている。

その異界とつながるシンデレラは、何故片方の靴を失くしてしまうのか。この謎を紐解くために、跛行する男の物語である『オイディプス神話』や、足を引き摺る人間が死霊を表すという古い伝承などが紹介される。片足が不自由な人間は大地(母性)から独立できない存在であること、つまり人間は大地に属していながら、それを否定しつつ帰属するという矛盾した存在であることを神話は表現しているのだ。シンデレラが片方の靴を失い、足を引き摺りながら歩くのは、彼女が死者の領域に足を踏み入れていることを意味している。彼女は生と死の領域をつなぐ存在として描かれているのだ。シンデレラの物語には、人間の経済的な欲望が込められる一方で、神話的な媒介の物語が重層的に紡がれている。

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「竹取物語」や「シンデレラ」といった、古くから伝わる馴染み深い物語の中に神話的な要素が隠されている。その神話の領域に足を踏み込み、物語を眺め直してみると、それまで抱いていた物語に対する印象は大きく変化する。おそらく、現在もこのような神話的思考の残骸が表象の断片となって、映画や小説、さらにはゲームの中などに散らばっているのではないだろうか。散り散りとなって消え去ろうとしている神話的思考の断片が発掘され、再び繋ぎ合わされることによって、我々は三万数千年前から今に続く大きな物語の只中に身を置いていることを知らされるのだ。この時空を超えた思考の冒険は、未来における対称性回復の足がかりになるのかもしれない。
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2006年02月18日

「十字架と鯨」 西欧の拘束と十字架

中沢新一『十字架と鯨 ― マシュー・バーニーの拘束芸術』(「すばる」05年12月号)

drawing_restraint00.jpg『拘束のドローイング 9』では、鯨油を凝固させるために”十字架”の輪郭を持つ型枠がつかわれている。ただ、この十字架は普通の十字架とはかたちが異なっている。縦棒にあたる部分が棒状ではなく、楕円形になっていているのだ。この十字架は作中の様々な場面に現れるのだけれど、作品の公式サイトによると、これは”フィールド・エンブレム”と呼ばれるマシュー独自のオブジェクトで、縦の楕円部分が”身体”、その楕円をつらぬく横棒が”拘束”を意味しているらしい。

中沢氏は『十字架と鯨』と題された文章の中で、ヨーロッパの本質を簡単に言い表すと”拘束”という言葉に尽きるのだと述べている。その事実を象徴しているのがイエスの身体を打ち付けた十字架であるというのだ。

『強烈な拘束を、その自由な精神に加えようとしたのですね。そしてその自由な精神を十字架の刑に処してしまったという事実から、キリスト教が生まれています。つまりキリスト教とは、内部に秘められた絶対的な自由と、それを強力に押さえつけようとする拘束の力のせめぎあいとして生まれた宗教であり、その二重的な性格はその後もずっと、キリスト教と西欧の歴史を貫通し続けました』(p.203)

マシュー・バーニーの十字架には、その原初的な西欧文化の特徴が現れている。その楕円は単一の中心を持たない”身体(あるいは精神)”の流動性を表しているのだ。そのイメージは『拘束のドローイング 9』でつかわれた鯨油の特長とも繋がる。なめらかでかたちのない鯨油を凝固させて十字架をかたちづくるという行為には、西欧の自由と拘束の関係そのものが凝縮されているのだろう。

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茶の通過儀礼を終えると、マシューとビョークは互いの肉体を切り裂きながら愛し合う。この官能的なシーンは、鯨油でかたちづくられた十字架の解体作業と重ねて描かれている。このふつの”解体”シーンは絡まり合いながら、互いの持つ官能性を相乗的に強めている。

十字架のかたちをした鯨油の塊から横棒が引き抜かれて、代わりに巨大な龍涎香(りゅうぜんこう)の棒状のかたまりが挿入され、さらには楕円の輪郭までもが外し取られて、凝固しつつあった鯨油はゆるやかに崩れながら、そのかたちを失っていく。その過程は愛し合うふたりの姿ととてもよく似ている。西欧的拘束から解き放たれて輪郭を失っていくふたりは、その姿を鯨へと変えながら海の彼方へと泳ぎ去っていく。

『十字架から鯨へ。ここには拘束を本質とするヨーロッパ文明を突き動かしている、ひとつの強力な神話的思考が働いています』(p.209)

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ほかにも、「もののあはれ」にもとづいた「型」と西欧的拘束との違いなど、興味深い言葉がこの文章の中には散りばめられている。気が向いたらそのあたりも書き留めようと思う。
ここ最近、自分の将来を考えるときに、デザインというものがとても重要な意味を持っているような気がしているのだけど、そのぼんやりとした感覚との繋がりも感じられたりして、それも面白く感じられた。

『拘束のドローイング 9』という作品は、言葉を極力排しながら映像と音の力によって創作されているのだけど、だからといって退屈を感じることもなく、むしろ言葉を拾う作業から開放され、自由に鑑賞することができた。次々に想いが膨らんでいくのだった。

(関連記事:「拘束のドローイング9」 拘束と官能的再会/2006/02/18)
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2005年12月27日

トーキョーアースダイビング

earthdiver.jpg昨夜、寝る前にフジTVの『トーキョーアースダイビング』を観た。内容はまずまず。しかし1時間枠の中に多くの町の情報を網羅しようとしていたから、各々の町の印象が薄くなったような気はする。でも、それはしょうがないか。

町の印象が薄くなってしまったのは、香椎由宇さんのせいもあるのかもしれない。画面には彼女が町を巡る姿が映し出され、そこに、彼女自身が語るナレーションが重ねられる。そしてクロースアップ。もちろん、カメラは彼女の美貌を捉えている。そうすると、こちらはどうしても美しい女性に意識がいってしまうではないか。気もそぞろになる。それが人情というものではないだろうか。

出番は少なかったけれども、中沢新一さんの話しはやはり面白かった。彼の語りに時間を割いた方が、番組に深みが出たと思うのだけど。東京の町が持っている得体の知れなさのようなものを、彼の言葉でもっと引き出して欲しかった。でもまあ、それは本を読めということなのだろうけど。

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ちなみに、「ほぼ日刊…」に「はじめての中沢新一」(link)という講演録が連載されている。『アースダイバー』の内容が簡潔に綴られているので、とても面白く読むことができると思う。

(関連記事:「アースダイバー」 表層を剥いた東京を潜る/2005/06/16)
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2005年12月21日

アースダイバー 年末特番

earthdiver.jpg6月に中沢新一氏の『アースダイバー』という本を読んで、このブログに『「アースダイバー」 表層を剥いた東京を潜る(link)』という記事を書いた。その後、少し意外に感じたのは、10月の下旬くらいまで、その記事に対するアクセスがとても多かったことだ。たしかにこの本は、縄文ブームの流れにのって売れているらしい。それに、糸井重里氏の影響も大きいようで、彼のサイトでとりあげられて以来、多くの糸井ファンが『アースダイバー』に興味を持ったようだ。

そのアースダイバーが、年末特番の題材になったらしい。

番組名: トーキョーアースダイビング (フジテレビ)
放送日時: 2005年12月27日 2:00〜3:00
キャスト:香椎由宇
番組情報: click

『アースダイバー』をテレビ的バラエティー番組に仕上げた内容らしく、少々不安を感じるところもあるのだけど、まあ面白い番組になることを期待しておこう。

東京の表層をめくると、縄文の野生が剥き出しになる。そこに興味が湧いてしまうのは何故だろう。ぼくの場合は知的好奇心というよりも、非知的な興味がそこに向かっているような気がする。

近所にまだ空き地が残っていた小学生の頃、地ベタにへばりついた大きな石を剥がして遊んでいたのを思い出す。石を剥がすと、そこにはダンゴムシやらミミズやら得体の知れない小さな生き物がうじゃうじゃと蠢いていた。そのうじゃうじゃを眺めるのが無性に楽しかったのだ。そのうじゃうじゃに向かう欲求と、アースダイビングへの興味はよく似ている。ある意味、とてもエロティックな大人の遊びなのだと思う。
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2005年09月21日

再会の場所から生まれるもの

shincho10.jpg「新潮」10月号: 特別対談 島田雅彦×中沢新一
『列島文化防衛論 縄文・天皇・ナショナリズム』

選挙のことでモヤモヤしてしまい、911について何か書き留めておこうとしたけどうまくいかなかった。去年の秋、別のところでブログを始めたときに、911以降の自己修復というテーマも念頭に入れていたことを思い出した。それくらいあの事件には決定的な何かが感じられた。簡単にいうと、終わりの始まりっていうことなんだけど。そして今年の911からも、あの事件の劣化コピー的な匂いがした。

ここ数年の中沢新一氏の活動を眺めてみると、そのあたりの感覚をうまく掬いとってくれてるなっていう気がする。西洋キリスト教型の文化がどん詰まりにぶちあたっている、という指摘の後の発言を以下に引用してみる。

西欧世界はその事実をいつまでも認めないで、強がりを言い続けるのでしょうが、9.11はそれを決定的に印象づけるかたちで、ぼくたちの前にしめしてしまいました。一神教は絶対とか、極限とか、無限とか、究極点とか、そういう「最後」や「死」や「終焉」をイメージするものに、人間の意識を向かわせようとする構造をもっていて、そこから生まれた文明の形態が、いまや、根っこの所で立ち腐れを起こして、倒壊しかかっている光景が見えてきます。

911以降の中沢氏の著作では、こういった閉塞状況の中で未来を考えるときに、人類の心の始まりにいちど立ち戻るという姿勢が強調されていて、「縄文」がそのキーワードとなっている。

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対談の中で、日本列島は「再会の場所」として捉えられている。アフリカを離れたぼくたちの遠い祖先は、三方に別れて移動を続けた。そのうちふたつのグループは、ユーラシア大陸を南北に分かれながら東へと進む。その後、それぞれのグループの一部がこの列島に辿り着き、再会し、再び混ざり合いながら、独自の縄文文化を形成した。

そして天皇の祖先が果たした再会。皇室の祖先にあたる朝鮮民族のルーツはツングースだといわれている。そのツングースの起源と東南アジアの繋がりを指摘する学説をとりあげながら、ツングースの血を引く朝鮮民族の一部が九州に辿り着き、南の世界の血を引いている隼人族と婚姻関係を結んだという歴史が、古事記を参照しながら紹介されている。皇室のルーツはもともと縄文的要素を持っていて、その再会によって再び縄文と結びついたということだろうか。

この列島に内在するハイブリッド性と、皇室の成り立ちにまつわる再会の歴史が重ねられ、そこから新しい皇室のあり方というか、新しい歴史観というものが生まれてくるんじゃないか、という話がなされている。

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先日の「縄文VS弥生」展(過去記事)や、「アースダイバー」を読んでいて、現在の静かな縄文ブームは、反大陸的なナショナリズムと繋がるんじゃないかと気になっていたんだけど、この対談を読む限り、中沢、島田両氏にそういう意図はないことが理解できる。ただ、ナショナリズムに傾斜する危険性は確かに孕んではいる。そういうアンビバレントな「文化防衛論」が、これから立ち上がっていくということなんだろう。

世界の東の果てに浮かぶこの列島から、未来のための新しい価値観が誕生するんだろうか。生まれるとしたら、どんな姿をしてるんだろう。興味は尽きないな。

(関連記事:「アースダイバー」 表層を剥いた東京を潜る/2005/06/16)
posted by Ken-U at 01:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 芸術人類学(中沢新一) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月16日

「アースダイバー」 表層を剥いた東京を潜る

中沢新一著「アースダイバー」読了。中沢さんの本は、いつも予想を上回る刺激を与えてくれる。この本を読んでいると、この東京の風景がいつもの違って見えてくる。全ダイバー必携の1冊。

earthdiver.jpg生命は死に触れているからこそ豊かなのである。死との触れあいを失った生命は、もはや別の意味での死を生きることになる

縄文海進期の東京湾は、温暖化の影響でいまよりずっと内陸に進出していた。そして多くの陸地が海に沈んでいたのだった。当時の東京は、複雑に入りくんだリアス式地形だったのだ。そのおかげで、この土地には多くの半島や岬ができた。そこは「水の世界」へ突き出た突端部で、しかも「水の世界」といえば、死の領域への入り口にほかならなかった。そういった場所には墓地や聖地が設けられ、その多くは現在に至るまでその名残を留めている。

本書は東京という街の縄文期と現代の繋がりを示すためのガイド・ブックとなっている。そしてある種の天皇論としても読めるように編まれている。

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以前にも書いたように、現在東京タワーが立っている場所は大きな岬であり、死霊の集う神聖な土地であったのだ。タワーの周囲に墓地が多いのはその名残りである。すぐ近くの芝には古墳群が今も残っている。その死霊の土地に、戦争から引き揚げられた戦車を資材とした巨大な電波塔が建築された。東京タワーは、生と死の領域を繋ぐ象徴としてあの場所に立っているのだ。

新宿の歌舞伎町や、渋谷の円山町などの歓楽街の成り立ちもとても興味深い。どちらも湿った土地の上につくられているのだ。歌舞伎町は沼地を埋め立ててつくった土地で、最後まで残った湿地の中心には、いまでも弁天様が祀られている。渋谷の中心部は海の底で、道玄坂には墳墓がつくられていた。道玄坂の裏手の坂下にある神泉は、かつて火葬場だったという。裏と表の双方に広がる死の領域に挟まれて、円山町は花街となり、現在も自由な性交のためのホテル街となっているのだ。

古代の売春は、死霊や神々の支配する、神社やお寺や聖地の近くでおこなわれた。生きている人間たちのつくる共同体では、厳しいモラルの掟が支配していたけれども、死霊や神々の支配下にあっては、世俗のモラルは効力を失ってしまうので、そこでは共同体では警戒されている自由な性の交わりが、許されていたのである

読み進めるうちに、この東京の街並みが古代との繋がりの中に成り立っていることを認識させられる。それは、現代人の無意識が今でも野生の領域と繋がりを残しているということを示してもいるのだろう。人間の脳神経は自律的に活動しており、意識の領域をどう近代化してみせたとしてもコントロールできるのはごく限られた領域にしか過ぎない、という事実が街のかたちとなって具現化し、目の前に姿を現すのだ。

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ひと昔前はちょっとしたダイビング・ブームで、多くの人たちがライセンスを取得していたのを憶えている。都心におけるダイビングはさらに身近なもので、日常的な場所の中で自分の魂を無意識の領域に触れさせることができる。この本を読んだおかげで身近な場所のあちこちを掘り起こしてみたくなった。

(関連記事:再会の場所から生まれるもの/2005/09/21)
posted by Ken-U at 18:15| Comment(4) | TrackBack(5) | 芸術人類学(中沢新一) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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