2011年03月14日

地震

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3月11日(金) 14:46 東北地方太平洋沖地震

そのとき、社内のミーティングルームにて取引先と商談中。いつものように営業さん相手にワアワアまくし立てていたのだけれど、彼ら、急に視線を虚空に泳がせ、ん?、揺れてますよ、え?なに?ホントだ...ふと我にかえると床ぐらぐらしていて、しばらく無言。それからわけもなく、大丈夫、大丈夫!と、誰を庇うでもなく、なのに何かを取り繕おうとしている俺。しかし残念なことに、どう考えても大丈夫じゃなくて、やがて床、ぐいんぐいん揺れ、営業さんが机の下にって言うんでとりあえず潜り、でもさらなるぐいんぐいん、しまいにどこからともなくミシッミシッと安っぽい音が聞こえてきて、いよいよ恐ろしくなり、祈るような気持ちになってもおさまる気配がないので部屋から外を覗いた。すると、数名が廊下に立ち尽くしてひとりを見守っている。そのひとり、非常階段の扉を開け、周囲とアイコンタクト。で、いざ我らもとよろよろ非常階段に飛び込み、駆け下りながら地上を目指した。背中に緊急アナウンス、おせーよとぶつぶつ唱えながら、剥がれ落ちたモルタルを踏み踏みどうにか地上へ戻ったのだった。で、振り返ると営業さんふたりも無事、よかったですねえ、なんて笑顔も戻り、しかし業務は継続困難ということになりその場で解散となった。

その後、部屋に落とした財布とPCを拾いに戻り、さらに駆けのぼって荷物を取って、また階段で地上に降りあとに、近所で同僚とコーヒー。一服して別れ、徒歩にて帰宅したのだった。

恐ろしい体験だった。が、もっと恐ろしかったのは帰宅してTVを点けたあとで、地震、津波、放射能、そのすべてが悪夢のようにみえた。以降、PCとTVで情報をあさりまくり、こんな日々は10年ぶりだなあ、なんて思いながら眠くでどうにもならなくまるまで情報の前から離れられなかった。

ただ、10年前はこのまま鬱々となり、引き籠りかけたのだけれど、今回は違う。在宅勤務は今日かぎりらしいし、明日からまたあのぼろビルで、右往左往しながら日常にまみれなければならないのだ。生き残った者が生き続けなければ、世界に未来はない。死んだ人たちと、まだ生きている者とでは背負うものが違うのだ。生きることを選び、それを手にした者にはすべきことがある。困難を乗り越えた先にこそ、悦びがあるのだ。
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2011年03月05日

味スタ J2開幕

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寝坊して昼前に起床。途中でけんちん蕎麦を食し、飛田給へ。でも、釣られてつつじヶ丘で降りてしまったり、ぎりぎりに現地。

駅に着いたときは構内がガランとしていて、ひょっとするとスタジアムもがらがらなのだろうか、J2だものなあ、と心の準備をしつつ到着。すると、いつも通り、というか開幕戦であるせいかいつも以上の客入。発表では、21,408人。

しかしゲームは退屈だった。とくに前半は鳥栖に押され、危うい場面も度々。中盤がつくれずまっとうなビルドアップがない。基本、縦ポンで平山起点。という戦術(?)でサッカーの輪郭がないのだ。J2で対等なゲーム展開かと落胆した。今季、いちばんの懸念は大熊さんの采配である。

一方、予想以上に鳥栖がよかった。少し肩入れしてみてしまったのかもしれないけれど、統率がとれていて、ポゼッション時はDFラインも高く、攻撃的で、強いセンターフォワードさえいればJ1も視野に入るのでは、と思えた。でも、そんなFW、そう簡単には獲得できないのだろうけれども。

とはいえ、これからセザーがコンディションを上げ、梶山、米山の中盤が戻れば状況も変わるだろう。そしてほかの新加入選手がフィットすれば、それなりの結果がでるとは思う。ただ、僕が求めるのは結果だけではないのだ。

終了後は新宿まで。いくつかの店をまわった。でも、購入には至らず。
posted by Ken-U at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー(国内) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月27日

CL Knockout Stage

UEFA CHAMPIONS LEAGUE - Round of 16, 1st leg

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アーセナル vs バルセロナ

ここでこのカードを切ってしまうのか。と、UEFAへの抗議の気持ちを抑え、未明からのゲームに臨んだ。しかし寝坊のため、ライヴ観戦は開始40分あたりから。

もう駄目かというところから、ファン・ペルシのスーパーゴール、そして速攻からアルシャヴィンが逆転ゴールを決め、若きアーセナルが逞しさをみせた。ペースは終始バルセロナだったけれど、時間の経過とともにカウンターの機会も増え、たぶん、バルサのスタミナ切れもあったのだろう。でもその隙をきっちり突いたガナーズにチームの成熟を感じた。

しかし、その後ウォルコット、セスクが怪我。魔物が棲むというカンプノウに向けて、道は険しい。

*****

ミラン vs トッテナム

じつは、ガットゥーゾの頭突きがみたくて観戦したのだけれど、一瞬のできごとでわけがわからず。暴力はいけないが、言葉による挑発も悪い。ゲームはそれほど印象に残るものではなかったけれど、トッテナム、いつのまにか選手が充実している。好調は、よい補強の成果。次は、ガレス・ベイルをみたい。

*****

マルセイユ vs M.ユナイテッド

拮抗したゲーム内容。あまり真剣にみなかったけれど、ユナイテッドがやや消極的だったか。ルーニーは爆発せず。

*****

リヨン vs R.マドリー

アウェイのマドリーが無難なゲーム運びをみせた。さすがモウリーニョ、という退屈な内容。
posted by Ken-U at 19:37| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー(欧州) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月12日

「ゴダール・ソシアリスム」 NO COMMENT

ジャン=リュック・ゴダール監督 『ゴダール・ソシアリスム』 (TOHOシネマズ シャンテ)

原題: 『Film socialisme』

socialism.jpg大晦日。前作(過去記事)の印象を呼び戻しつつ、おそらくこの『ゴダール・ソシアリスム』もその延長線上にあるのだろう、と勝手に予測しながら劇場へ向かった。だが、結果、裏切られた。

海原に湧き立つ波、そのうねりに魅了された。色の配置もJLGらしく、とくに青と赤が滲むように鮮やかで、その彩度はめまぐるしく変化する音響と絶妙な均衡を保ちながら画を画として際立たせている。しかし、この荒々しさはどうだろう。曇天の下、吹き荒れる風は人体を吹き飛ばさんと船上を駆け、船内では、ディスコで鳴り響く爆音が踊る人々の身体を潰し、その肉体を粒子レベルにまで解体せんとしている。比較的おだやかにみえた前作とは対照的に、暴力的にも思える荒々しい映像、音響に圧倒されながら、この船はどこに向かうのだろう、史実は別として、その行く末に想いを馳せた。

客船も、片田舎の家族も、西欧の縮図と捉えていいのだろう。

「民主主義と悲劇は、ペリクレスとソポクレスのもと、アテネで結婚した。ただ一人の子供は、内戦である」

「自由は高くつく。しかし、自由はお金や血で買われるものではなく、卑劣さ、売春、裏切りによって買われるものである」

高度化の先に未来はあるのだろうか。JLGはなにも提示せず、「NO COMMENT」を貫く。私も本作の理解はあきらめ、ただ音と映像の迫力に酔いしれて、無言のまま帰路についた。
posted by Ken-U at 18:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(フランス) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月05日

「人生万歳!」 偶然の力、無限

ウディ・アレン監督 『人生万歳!』 (恵比寿ガーデンシネマ)

原題:『WHATEVER WORKS』

絶望した男は死のうとするが、果たせず、七転八倒する。

whatever_works.jpg確かに、この世界に身を置いていると、その狂気に、冷酷さにうんざりして、やがて自分が殺戮者であるかのような心持ちになり、殺戮は嫌だ、こんな世界から消えうせてしまいたい、いっそ死んでしまいたい、と衝動的に考えたりしがちなのだけれど、しかし人間そう簡単に死ねるものではなくて、たとえば、窓硝子を突き破って飛び降りてみたところで片脚が不自由になるくらいのもので、あとは偏屈の穴ぐらに閉じこもって、その闇の深さに脅えるしかない。本作は、自殺未遂の果てに片脚を引きずるひとりの男を中心に、彼と彼を取り巻く人々の暮らしぶりを描きながら、その悲喜こもごもを軽妙な喜劇に仕立て上げている。

しかし、救いは知性の外側からもたらされた。男は、偶然の出会いと、その連鎖がもたらす摩訶不思議な幸福にひたりながら、宇宙が知性を超えた高次元の成り立ちをしているというこの世の秘密(過去記事)に気づく。だから、なんでもあり。人は、心をあらゆる拘束から解き放って、知を棄て、目の前にある悦びをあるがままに受け入れなければらない。

やはり、ウディ・アレンはNYなのかなと思った。ここ最近では最高の出来、素敵な作品である。笑いどころが随所に散りばめられていて、ほろ苦く、しんみりする場面もあって、でも劇場を出るときには世界が少しキラキラと感じられる。そして知覚の外に広がる宇宙について、不意にもたらされる幸福について、生きる悦びについて、想いを巡らせた。幸福とは、掴めるものなのだろうか。
posted by Ken-U at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画(USA) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月15日

ハケン #5

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2010年12月某日 雨

強引に業務を終え、新宿。Hさんの送別会へ向かった。幹事のSさんが声をかけてくれたのだ。参加者は僕を加えて4名と少し寂しかったけれど、まあ会はいつものように盛り上がった。
会社を辞めて以降、Hさんとは二度いっしょに呑んだ。同じ沿線に暮らしているというのもあるけれど、たぶん、彼女は僕に少し恩を感じていて、それで関係を保っているのだと思う。数年前、販売拠点を一箇所失うことになったときに、スタッフの首切りの必要に迫られた僕は、無くなる店舗で働いていたHさんではなく、別の店舗のOさんにクビを命じたのだ。Oさんには不合理な話だと思うけれど、最後はスキルで決断した。で、結果、一販売拠点を失いはしたけれど、Hさんの奮闘もあり、トータルでは売り上げを伸ばすことができたのだ。当時、Hさんは活き活きと働いていた。しかしそんなHさんもいろいろ考えるところがあり、退職を決意。良いポジションを用意してもらったとかで、前の職場に戻ることにしたのだという。

残る女たちは、職場に対する不満を僕にぶちまけた。でも、救いはそこに笑いがあることで、ただ、ひとり、またひとりとスタッフが辞めていく現実には複雑な想い。で、当たり前のように会計書が回ってきて、笑顔で「ごちそうさまー」なんていわれて、しょうがないなあ、なんていいながらへらへらしていたのだった。

*****

2010年9月某日 残暑

Sさんの送別会。新宿にて。

Sさんは、前職のときに最初に採用した販売スタッフのひとりで、勤続三年。しかし派遣社員であるがゆえにこのまま勤務するという選択肢はなく、社員として会社がひき取るか、あるいは法の網目をかいくぐってそのまま継続してもらうか、いろいろ考えなければならなかったのだけれども、社員化するためには派遣会社にまとまったカネを払わねばならず、となると裏技、いや裏はまずい、とループしている間に、退職、という答えを彼女自身が出したという。理由は、結婚・懐妊である。彼女のような立場の従業員が導き出せる数少ない前向きな答えを、彼女は絶妙のタイミングで導き出すことに成功した。

めでたきコトブキ退社。皆でわいわいやりながら、Sさんに記念品を渡し、会費の徴収という場面で僕が手を上げ、わー、ごちそーさまでーす、なんていわれて、へらへらカードをきったのだった。
posted by Ken-U at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常のひとコマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月03日

初詣 2011

今年の初詣は、昨日から今日にかけて。

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今日はまず近くの寺から。

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そして聖徳太子を祀る御堂を参る。

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続いて町の鎮守様。昨年はお世話になった。

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最後はまた寺。ひっそりとしていて趣がある。

*****

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昨日、隣町の神社へ。手を合わせ、無心。

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その後、徒歩にて目黒川に出て、川沿いを歩く。そして中目黒から六本木まで営団、表参道までちいバス、新宿三丁目までまた営団で、その後、渋谷に立ち寄り、帰宅。喧騒に紛れ、カーディガンと下着を購入したのだった。

*****

昨年は変化の年だった。明ける前から予想はしていたけれど、それ以上にいろいろなことが激変したような気がする。二月に叔父、妹と立て続けに亡くなり、四月に転職。その前には島へ旅に出て、貴重な経験をした。そして生まれて初めて幽霊をみた。帰京後、お祓いをうけた。五月に父親が亡くなったという知らせを受けた。その後、仕事に忙殺された。映画もろくにみなかった。FC東京がJ2に転落した。そして暮れ、iPhone4を購入。部屋をWifi環境にし、二十年ぶりにTV、掃除機を買い替え、さらなる変化に備えた。

TVの位置を変えたため、今、部屋中にCDが散乱している。これをどう処分、整理するかが今年の課題である。もっと生活環境を整えたい。あと、さらなる成果を求められている業務。ハードルは高くなる一方だが、これもどうにか切り抜けたい。去年に引き続き、今年も走らなければ。
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2011年01月02日

「Transformation」 変態する生命のかたち

『トランスフォーメーション ― 東京アートミーティング』 (東京都現代美術館)

テーマ:「変身-変容」

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変身を描く意味。人と、人に非ざるモノとの交わり。人は外部の世界に畏怖を感じ、そこに棲むものにも強い畏れを抱くのだけれど、同時に、それらに対する憧れのような気持ち、得もいわれぬ複雑な感情が湧きあがって、妄想を掻き立てられ、あらぬことをあれこれ想像する。焦がれる気持ちといえばいいのだろうか。エスカレートしたその想いが現実の壁を突き抜け、得体の知れぬcreatureを生み出すのである。いわゆる変態である。この本展は、現代を生きる芸術家たちの作品を通して、人間の心の中に宿る様々な変態の在り方を示そうとしている。予想以上に充実した企画展だった。

ビデオ作品が思いのほか多く、限られた時間の中で鑑賞するのは難しかったけれど、後日、時間をみつけて再訪できればと思う。とくに、楽しみにしていたMatthew Barneyの『Cremaster 3』をさわりだけしか観られなかったのは残念だった。あと、高木正勝は予想以上の出来、さらに発見だったのはLee Bulで、彼女の、人体の神経系モデルのような、シャンデリアのようなオブジェクトには心惹かれた。今、変態は人智を超える世界の住人だけではなく、急速に発展を果たし、身体に侵入せんとする科学技術、人智の先端領域とも交わろうとしている。

存亡の危機。揺らぐ境界線。人は存在の危機を感じるほどの外部の存在を意識するとき、それに対し、拒絶、攻撃や無視など様々な態度をとるけれど、敢えて交わることによりみえてくるもの、得られる感覚もあると思う。畏れるばかりでなく、その闇の中へダイブすること、生をより豊かにするために、未知の世界に視点を移し、人間界を覗き直してみるのもいいかもしれない。

***

『生はチャームであるべきである。魅惑であり、魔術であり、謎であり、歓びであるべきである。今日のアートには、そのことを人々に告げ知らせる力が、まだ存分に残されているのではないか。』(中沢新一/公式カタログp.14)
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2010年12月25日

「JASMINE」 無我、自在

KEITH JARRETT + CHARLIE HADEN / 『JASMINE』 (ECM)

自宅スタジオで録音されたというデュオ・アルバム。

keith_jarrett_charlie_haden_jasmine.jpg日暮れ後、ゆるりとした時間を過ごすのによいアルバムだと思う。全編、ミドルテンポで進むのは加齢による制約なのだろう。でも、それでよいのだ。絶妙なタッチが冒頭から続き、聴いていて、まさに音を紡ぐというイメージが湧きあがる。自在に音が踊るのだけれど、乱れがないというか、ふわふわとした世界を浮遊する感覚といえばいいのだろうか。とにかく、よい音楽を聴くときの快楽が間違いなく得られる良作。

ジャズは、マイルス・ディヴィスから入ったので彼が先生のようなものなのだけれど、振り返ってみると、回を重ねて聴いているのはキース・ジャレット。マイルスを聴くときは少し構えてしまうけれど、キースはもっと自由。自然体で、たぶん無に近いのだと思う。なにもなくて、音楽だけがあるという感覚。その世界に這入りこむこと、無に近づくことの快楽。
posted by Ken-U at 18:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月19日

「シングルマン」 男の孤独、拳銃と死

トム・フォード監督 『シングルマン』 (恵比寿ガーデンシネマ)

絶望と孤独。男は死の暗闇に惹かれる。

single_man.jpgあのトム・フォードが映画を撮るというので、金持ちは道楽にもカネをかけるものだなあ、なんて思いながらその記事を流し読んでいたのだけれど、予想外に評判も上々のようだったので久し振りに映画館へ。

あるひとりの男が、恋人を亡くし、醜い世界にひとり取り残されて、死を想う。そして拳銃を手にし、それを口に咥えてみたりもするのだけれど、しかしうまく扱うことができずに七転八倒。その様子がスタイリッシュに、かつ滑稽に描かれている。当時のモードに身を包んだ美男美女が、擦れ違いざまに視線を交わし、互いの孤独を舐めあう様子はあまりに現実離れしていて魅惑的だ。

ところで、女は穢れた生き物なのだろうか。しかし女を排除し、男だけの純粋な世界を目指そうとするとき、その清き世界は破滅に向かう。純度の高さは、脆さと一体である。男たちは、欠落を補えぬまま空虚の地平で干乾びるしかない。

後半少し散漫になり尺が長く感じはしたけれど、それなりに楽しむことができた。映像の中で印象に残ったのは、出勤前、完璧に身なりを整えた男が家の中を歩くのだけれども、その姿をガラス越しに捉えたショットである。硝子が光を反射し、瞬間、男の姿が透明にみえる。同じショットが作中で繰り返され、その光景が、自身の存在が透明であることを度たび口にする彼の台詞と重なる。完璧で、しかし空虚で、砂漠のような、あるいは氷原のような世界を生きる。その無様な姿を、ユーモアを交えつつ滑稽に描いている点がこの作品の救いなのかもしれない。
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2010年12月12日

Daido x Mika x Kishin

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森山大道 『津軽』 (Taka Ishii Gallery)

久し振りに眺める森山大道のモノクローム。東北の陰翳が、印画紙に深く染み入っている。昔、一度だけ東北に足を運んだことがあるのだけれど、新幹線の窓から田園を眺め、恐い、と感じたことをいまでも憶えている。子供の頃から田舎の景色は見慣れているはずなのだけれど、南とは違う何かが東北の景色にはあるような気がする。影が濃いというか、深い。その影の向こうに何か恐ろしいものが隠れているような。

*****

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蜷川実花 『noir』 (小山登美夫ギャラリー東京)

蜷川実花らしい、色彩溢れる作品群。しかし、パルコギャラリーで2001年に観た『まろやかな毒景色』みたいな演出はなく、少し寂しい気がした。『まろやかな…』では、靴を脱ぎ、ふかふかした床の上でくつろぎながら、毒々しく色鮮やかな写真を眺めた。あれから九年、蜷川実花も僕も九歳年をとり、きっと世界の見え方も変わったのだろう。この寂しさは展覧会の演出だけによるものではなくて、たぶん、『noir』というタイトルと繋がりがあるのだろう。

*****

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篠山紀信 『山口百恵|篠山紀信』 (Hiromi Yoshii Gallery)

山口百恵って人は信じられないくらい影のあるアイドルだったんだなあ、とつくづく感じた。艶かしい写真もあったけれど、彼女の身体そのものより、どちらかといえばその表情から醸し出される陰翳に心惹かれたのだ。僕の友人だったあいつはこんな女に夢中になっていたのか、しかも小学生の頃に。

しかしTVも変わり、彼女のような存在を受け入れる余地はなくなってしまった。世界はTVから影を追いやり、映画館を潰してゆく。そして写真は?

*****

久し振りのギャラリー巡りは楽しかったけれど、限られた時間の中でばたばたみて回らなければならず、それが残念だった。
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CL++

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UEFA CHAMPIONS LEAGUE - Match Day 6

アーセナル vs パルチザン

逞しさを増したアーセナルがパルチザンに競り勝った。同点にされたときは正直やばいなあと思ったのだけれど、そこから勝ち越せる強さがいまのアーセナルにはある。ウォルコットも落ち着いて決めたし、あとはなんといってもナスリの成長が喜ばしい。セスクの後を継ぐのはたぶん彼になるだろう。

欧州サッカーのTV観戦録がおろそかになっている。これまでどのゲームを観たか、記憶は定かではないけれど、思い出せる範囲で追記できればと思う。
posted by Ken-U at 16:16| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー(欧州) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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