2010年09月05日

「民藝とは何か」 その余白は残されているか、民藝の未来とは

柳宗悦著 『民藝とは何か』 (講談社学術文庫)

民藝とは民衆が日々用いる工藝品との義です。(p.21)

yanagi_muneyoshi_mingei.jpgあるきっかけから、「民藝」という言葉の意味を理解したくなり、本書を手にした。

民藝品とは、民衆が日用づかいするために量産される工藝品のことで、本書ではそれが貴族的な工藝品(作家による作品群)との対比の中で語られているのだけれど、かといって、それは市場に溢れている工業製品とも異なり、民藝品は用のため、工業製品は利のために生産されるという性格の違いがあって、柳氏は、機械化され、濫造される製品群を雑器と呼び分けている。

そう考えると、今、市場を眺めたり、自分の、周囲の日常を見まわしてみたときに、「民藝」に位置する品々はほぼ皆無で、雑器ばかりが目立つ。民藝らしきもの、たとえば、musuburiの生地、10年1着の衣服などは手工藝であり、限りなく一点ものに近くて量産品ではない。あるいは、いわゆるセレクトショップの棚にみえるそれらしき品々も、こじんまりとした作家物か、いわゆる途上国の土産物的工藝品であり、本書で語られるような、民衆のための、普段づかいの、用のものではない。いまや民衆は、日用品を100円ショップやスーパーマーケットなど、廉価を売りにした商店群、あるいはネットで買い漁るのであり、あとはせいぜい無印であるとか、どちらにしても雑器に行き当たるしかないのだ。

とはいえ、日常の中につつましい美しさを求める心は、今も人々の胸の内に残されている。ただ、それは市場に溢れかえっている商品群というより、カフェやギャラリーなどで開かれる小さな展示会やワークショップなど、参加可能な空間で生み出される品々のような、量産品ではない、極私的なモノの中に見いだされつつあるのかもしれない。
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2010年09月04日

2010-11 欧州開幕

リーガ・エスパニョーラ 第1節

ラシン・サンタンデール vs バルセロナ

開幕戦、バルサが手堅い勝利を得た。アンリが、ズラタンが去っているけれど、その影響はみえなかった。ビジャがいるし、彼とメッシ、イニエスタにより編まれる前線は流動性が高く、より魅力的に感じられる。あと、ほかのポジションでいうと、アビダルがCBで、それが少し意外。

冷製パスタをつくったり、食べたり、散漫な気持ちで眺めていたので記憶が薄いのだけれど、三得点ともレベルの高いゴールだったと思う。課題は、組織力の向上。実践をこなしながら組織の質を高め、とくに中盤から下のポジションの層を厚くする必要がある。

今季も、バルサとアーセナルを中心にフォローしていきたい。
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散歩

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8月某日(土) 晴れ

散歩に誘われ、のこのこ出かけ、電車を乗り継ぐ。

二匹の犬がかわいかった。ともにゴールデン・レトリバーの牝。年上のMは13歳、Kは3歳くらいだったか、賢くて、すぐに馴染み、リードを手に皆で河原へ。

河べりでは、走ったり、ボールやゴム製の円盤の如きものを投げ、追いかけたり。歳のせいか、Mは大人しいが、まだ若いKはしばしば狂う。河に入りたがったり、執拗にMにじゃれついたり。

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Mに挑むK。

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あっけなくやられる。

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しかし懲りずにまた挑みかかり...

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やはりあえなく屈服させられてしまうのであった。

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あまり動かないMはフレームに収まりやすい。

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どこかをみつめる二人。

帰宅後、また外に出て焼肉。食後、また戻り、犬と戯れ、酒。で、ふと気づくと皆が寝てしまい、おいてかれて、そのままゴロリ。就寝。

*****

8月某日(日) 晴れ

朝の散歩はあきらめ、ベッドに移り、横に。ほどなくして皆が帰ってくる。Kがベッドに飛び乗ってきて、上にのしかかられ、舐められ、なだめて、そしてしばらく添い寝。

留守番の留守番。軟禁が昼過ぎまで。途中、素麺をゆでていただく。その後、ふたりは昼寝。たまにKがじゃれてきて、Mも加わろうとするが、しかしKが妨害。M、唸りながらKを仕留める。寝て、じゃれて、もう一人がじゃれかかったところで取っ組み合い。その反復のうちに待ち人が帰る。

散歩。とうとうKが河に飛び込む。大丈夫か。河べりで呼んでいると、背後から飛び出てきて皆を驚かせ、得意のK。汚れた水飛沫を撒き散らして。

戻り、仕度をして別れ。ふたりで移動。で、うちの近所の店の前で別れ。帰り、八百屋で買い物をして冷製パスタを食す。これまで、冷製のパスタなど邪道であると避けてきたのだけれど、今年、とうとう自作の冷製をいただくようになった。俺を邪の道に引きずりこんだのはこの猛暑である。今夏、自炊は冷製パスタばかりだった。
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2010年08月29日

初盆

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8月14日(土) 晴れ

朝、すみやかに仕度。近くで麻婆豆腐定食。食後、空港へと向かう。モノレール内でいくつかメールをやりとり。空港ではまず土産。フライトからバスへとスムースに移動を続ける。

夕刻、着。坊さんはすでにいないが、線香を焚く。それからほどなくして食事。酒。睡魔に身をまかせる。風呂。また酒。その間、TVを垂れ流しながらいろいろなことを話す。この家の虫、不快。

*****
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8月15日(日) 晴れ

暑くて目が覚め、その後、しばらく布団の中でいらつく。起床。洗顔など。昼食。それからしばらくぼんやりとして、妹の乗る舟の仕込みに取り掛かる。小さな、出来合いの舟の底に、少しの荷物と、果物と、花などを添え、かたちを整えてゆく。

しばらくして人が集まり、出発。河原まで。まだ日差しが強い。受け付けなどは従兄弟に任せ、河べりでぼんやりと過ごす。水の流れを眺める。

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日没前、精霊流しの始まり。桟橋から次々に舟が流されてゆく。

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叔父と妹の番がくる。舟が桟橋へと運ばれてゆく。

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まず叔父の舟、続いて妹の舟が河に入る。妹、荷物が多かったので沈みはしないかと少し心配だったのだけれど、なんとか浮かび、叔父のあとを流れてゆく。見守る母も、それに合わせてゆっくり歩きながら、ゆく舟に妹をみているのだろう、最後、立ち尽くして、かみしめるように。

早々に退散。ほかを置き去りにして伯父の車に乗り、母と帰宅。しばらくして従姉が旦那と顔をみせる。線香の香りの中、少しの会話。そして別れ。

垂れ流されるTVとともに、軽い食事。風呂。酒。そして扇風機を手に布団のある部屋に向かう。消灯。

*****

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8月16日(月) 晴れ

目覚め。昨日よりはましか。しかし暑い。起床。洗顔など。バッグからPCをとりだして業務。ネットにさえ繋がれば、業務はどこまでもついてくる。メールのチェックと売り上げの整理。昼食後はなにもしない。

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散歩。暑さのため、いつもより短いコースにとどめた。まず神社を抜け、アーケード跡地を歩き、戻る。屋根のない旧アーケード街は舗装し直され、空も広く、まあこれもありかなあなんて思ったり。眺めていると、いわゆるシャッター街に新しい店がちらほら。景気、そろそろ底を打ったのかもしれない。

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夕。食事。畳の上で、焼酎を呑みながら、TVが垂れ流される中、PCにて少し業務。その画に違和感。そして入浴。さらに酒。扇風機とともに就寝。

*****

8月17日(火) 晴れときどき豪雨

起床。やはり暑い。洗顔など。荷造り。昼食。食後、PCにて業務。声をかけ、出発。

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土産を買いこみ、乗車。睡眠不足か、バスの中でうたた寝。ふと気づくと豪雨。雲が黒い。

空港にて、スタバでジュースを飲みながらさらに業務。搭乗。仮眠。モノレールにて移動。帰宅。

飛行機内でうたた寝して首を痛め、いまだ治らず。
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2010年08月21日

味スタ スクリーンの花火

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8月8日(日) 晴れ、あるいは曇り

味スタ。たしか、この日は花火の日。ハーフタイム、バックスタンド後方から花火が打ち上げられた。僕は振り返らず、しかし音を感じながらそれをスクリーンで眺めた。

試合は、後半ロスタイムに痛恨の失点。そして落胆。日曜の夜というこもあり、敗北感に浸ることなくそそくさとスタジアムを後にして、移動。下北で軽い夕食をとり、徒歩で帰った。

前の晩は、晩というか、実はこの日は朝帰りだった。ひさしぶりのメンバーで、うちの近所で、安くてうまい店に集まり食事会を開いたのだ。一軒目で六時間ほど、それから二軒目に移って朝まで呑み続けた。しかし二軒目の途中で皆が帰ったので最後はふたりだけで呑み、なにかを話した。あの日は朝焼けだったか、店を出て、少し歩きながら話し、そして駅の改札で握手をして別れ。振り返る彼女に手を振り、駅を出て、朝日を浴びながらふらふら緑道を歩いた。
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2010年08月01日

エージェント

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7月某日(金)

夜。逃げるように職場を出て、駅へ。彼女が待つ店に向かった。

新宿の街はまだ蒸し暑く、ぎらぎらとしていて、それでも地上を歩き、そして伊勢丹前、そこからさらに通りをふたつほど渡って、いわゆる二丁目エリアの手前から彼女にTEL。迎えにきてもらい、やっとのことでお薦めのタイ料理屋にたどり着いた。

なんやかんやで、会うのは一年ぶり。そういうと彼女は驚き、時の経つのは早い、歳はとりたくない、もう私は若くない、などとまくしたてた。たしかに、時は驚くほど早く流れる。でも、彼女がいうほどそれは悪くないことだと思うのだけれど。しかし我々はそれを受け入れるべきだよ、と笑いながら僕はいったのだけれども、僕の言葉は彼女の耳に届いていただろうか。

疲れてみえる。ずいぶん痩せたんじゃないか。とにかく、私はいいからたくさん食べなさい。話しながら、というか僕の英語がボロボロで、それで、日英混交のその場限りの言語で意思の疎通を図り、僕ばかりが食べ、毎度毎度ふたりで乾杯して、呑んで呑んで、そして気づくと夜半すぎ。

この春、彼女の紹介で転職した。そして試用期間が過ぎ、職場に適応できていることを報告して、でも大変そうだから一、二年したら次に移ったほうがいい、といわれ、そこで友情と利害の混濁。酔いがまわり、それでもビールを呑み続けて、その泡を眺めながら、この閉塞した社会で暮らすことの大変さを語り合って、将来は彼氏とバルカンに戻るかも、とこぼす彼女を眺めつつ、しかしここにも抜け穴的な時空があるんだよ、こんど紹介しよう、と心の中で呟き、別れ、喧騒を離れて、ひとり大通りで立ち尽くした。
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2010年07月18日

祭りの終わりに

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少し前のことになるけれど、ワールドカップが幕を閉じた。振り返ってみると、意外に欧州勢が踏ん張りをみせ、出だしのよかった南米勢が次々に惜敗し、期待のアフリカ勢が空回りして、意外性に富みながら落ち着くところに落ち着くいかにもワールドカップらしい大会となった。当初の僕の予想は、優勝がブラジル、次点がスペインで、だから賭博の配当はもらえず仕舞いだったのだけれど、しかし当てた奴がいないということで、そういえばあのカネ、どこに流れてしまったのだろう。オランダがああいう悪質な振る舞いさえしなければ、ブラジルが慢心しなければ、いまごろ掛け金の一部は僕の手元に入っていたに違いないのに。

で、フットボールそのものを振り返ると、スペイン、ウルグアイが素晴らしく、ドイツがえらい強くて、もう勝利はみえているのにそれでも容赦なく攻め立てたりして、あと、メキシコ、韓国、ガーナ、日本、パラグアイなどの活躍、それに加えてマラドーナのあの哀しげな表情が強く印象に残った。で、その一方、オランダが酷くて、彼らは手のひらを返してアンチ・フットボールでトロフィーを強奪しようとしたのだけれど、まあもともとオランダをあまり好まない僕としては、毎度毎度、オランダ負けろ、オランダ負けろと思いながら夜を過ごし、それで最後、スペインがオランダを破り、つまりフットボールがアンチ・フットボールを粉砕して、フットボール界に希望の光が残されたと感じ、夜明けごろだったか、部屋の闇の中で朝日が昇りかけているのを感じつつ、「よし!」と拳を握り締めた。

日本は、やはり本田が歴史をつくったのだと思う。これは'02年の鈴木に次ぐ二人目の快挙である。はじめの1点、これが相当に重く、それだけに価値があるのだ。その1点を先制点というかたちにした本田は流石というしかない。ロシア移籍前から注目していたので、今や、ヤツはオレが育てた、くらいに思っている。あと、岡田さんでいうと、僕は彼のサッカーをまったく評価していないのだけれど、身の丈を知りつつ、俊輔を外し、本田に賭け、川島、長谷部、松井など、適材適所でチームをまとめたところに彼の手腕を感じた。やはり、過去の経験が活かされたのだろう。海外勢の頼もしさといい、日本代表の活躍を眺めながら、経験はかけがえのない財産であることを再認識した次第。

そしてその後、嫌悪していたブブセラの音がないと寂しく感じる晩もひと段落。オシム氏がいうように、これですべてが終わったわけではない。これからもサッカーは続くのである。僕も、三大会連続でワールドカップ・イヤーに就職をして、新たな職場でプレーの幅を広げながら、この砂漠のようなマーケットの中で、それでも楽しげに、砂と戯れるように、いろいろ経験を積み増していければなあなんて思っている。
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味スタ 長友を送る

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7月17日(土) 晴れ

W杯後のスタジアムには熱気があった。発表によると、この日の入場者数は25,781人だったらしいけれど、ムードとしてはそれ以上の熱を感じた。おそらく、W杯の熱がそのまま持ち込まれたのだろう。この日がスタジアム・デビュー、という人も多かったのではないだろうか。皆、ナマのサッカーを待ちわびていたのだ。

しかし、東京がフットボールをみせたのはゲーム開始からわずか18分間。序盤はスペイン代表の如きわくわくのプレーをみせていたのだけれど、2点リードしたあとはぐだぐだ。実際、後半には眠りそうになった。でも、結局ところ眠れなかったのはありえない逆転負けを喫したからで、あれはありえない。あってはいけない失態だと思った。しかも、平山、鈴木のあの姑息な時間稼ぎのあとだったからなおさら。僕はあのコーナーフラッグ近くでちまちまやる時間稼ぎが好きではない。東京は、東京が目指すスタイルでいうならば、もっと大きくボールを繋ぎながら時間をつかえばよいのだ。姑息なまねをした後のPK負けはほんとうに凹む。ほんと、後味が悪い。

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で、試合後は長友の見送り。甘噛みの如きブーイングと、笑いと、涙と、そして拍手。手を叩きながら、彼の成功を祈った。
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2010年07月11日

8 CDs ...until July '10

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LUCIANO / 『TRIBUTE TO HTE SUN』 (CADENZA)

新しい音の枠組みの中で響く古代的な音楽。その中で最も強く印象に残ったのは、拍手や手拍子などの手を叩く音。人は、なぜ手を叩くのだろう。なぜ、手を叩くと気持ちが盛り上がるのだろうか。そして手拍子、拍手に対する欲求はどこから湧き上がってくるのだろう。

*****

PANTHA DU PRINCE / 『BLACK NOISE』 (ROUGH TRADE)

Routh Trade、今でも現役なのだなあ。このアルバムをみつけてそう思った。で、手にとり、試聴して、レジへ...しかし、帰宅後に聴いた印象はいまひとつ薄い。聴き進めるほどに物足りなさを感じた。アンビエントのもう一歩先、を期待していたのだけれど、聴く側の意識に問題があるのだろうか、しばらく寝かせから聴き直してみよう。

*****

BALANCE / 『AGORIA』 (EQ)

ノリのよいクラブ・ミュージックにマッドなノイズが入り混じり、混沌とした音のモザイクがかたちづくられている。難点は、CD1の前ふりの長さ。Track#9までは前奏だと考えられるので、ちょっと焦らしすぎだと思う。

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FRANCOIS K. / 『AIR』 (LASTRUM)

大好きなFrancois K.のアルバムなのだけれど、正直、テクノ色が強まって以来、彼のサウンドはいまひとつ響かないので、今回も、まあそんな感じなのであった。彼には、金属的な音より、とろとろした液体的な音を望む。

*****

DERRICK MAY / 『AIR』 (LASTRUM)

これ、うっかり聴き込むのを忘れていた。時代に流されない骨太のサウンド。第一印象はよかったのだけれど、熱いし、聴く時機を選ぶアルバムである。暑い夏に向けて、本作を聴く機会が増えるだろう。というか、増やしていきたい。

*****

GILLES PETERSON / 『HAVANA CULTURA』 (BROWNSWOOD)

キューバンなアルバムである。冒頭の、カウント〜掛け声〜ベース〜Yaroldy Abreuのコンガ〜の流れにやられ、即購入した。その時々の気分でCD1/CD2を聴き分けたり、いろいろつかい勝手のよいアルバムだと思う。しかしGilles Peterson、こうした業界には珍しく、地に足の着いたよい仕事をしている。格好のよい男だ。

*****

KAITO / 『TRUST』 (KOMPAKT)

これも変わらない姿勢が貫かれているアルバムで、好感が持てる。でも、『Hundred Million…』を超えてはいないかな。とはいえ、夜、ひとり部屋で聴くことが多い。

*****

LOUIE VEGA / 『10 YEARS OF SOUL HEAVEN』 (MOSCD)

さらに、これも変わらぬ姿勢が格好よさを際立たせているアルバムだと思う。Louie Vegaの、集大成ともいうべき3枚組のミックス・アルバム。ハウスと、ラテンのリズムと、伸びのよいヴォーカルと、助平な男の繊細な手仕事。しかも、節々に腰がぐいっと入っている。さぞかしモテるのだろう。
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2010年07月03日

「虹の理論」 七色の誘惑者、その半音階的な響きと歌

中沢新一著 『虹の理論』 (講談社文芸文庫)

虹と病気と毒について。虹色の身体を持つ蛇と庭園、市の関わりについて。

rainbow.jpg大地から立ち昇る七色の虹。その色彩はどこから生まれ出てくるのだろう。光と水の反射だけがその理由なのだろうか。ラマ僧によると、虹を光学現象として理解したとしても、虹という現象そのものが持つ秘密を解明したことにはならないのだそうだ。それは時計をもって時間の秘密を解き明かすことができないことと同じで、光の運動を機械的になぞったとしてもその謎の奥深い部分に辿り着くことはできないというのだ。確かにそう考えていくと、虹が持つ色彩、描く弧の謎が謎として再発見され、その得体の知れなさに驚愕する。虹は人の意識を奪い、心を魅了する誘惑者である。そして高度化された社会において、この誘惑者は人工的に模造され、大量に撒き散らされているのだけれど、わたしはこの乾いた虹の世界をどう生き抜けばよいのだろう。

もっとたくさんの朝の鳥たちが、「虹の蛇」の身体からとびたたなければならない。もっと高く、もっと空気の軽いところまで、それをもちあげていく羽根の力が必要だ。大地への郷愁から解放されなければならない。大地の底にむかっておりたっていくのではなく、大地もその一部である宇宙としての自然のほうに、じぶんを撒布させてしまうのだ。(p.100-101)

かつての社会では、虹の立つところに市場を開き、そこでモノの売買をしたのだという。虹の持つ魅力と、毒と、庭、市の関わりについて、人工的な虹を撒き散らす現代社会において市がネット上に現れることの意味について、幸福であること、幸福を目指すことの意義、あるいは「幸福」という言葉そのものの意味、その未来について、どこにも辿りつくことのない問いを繰り返しながら虹のない空を見上げた。わたしは飛び立つことができるだろうか。
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2010年06月13日

「インビクタス/負けざる者たち」 祭りの中、融和する社会

クリント・イーストウッド監督 『インビクタス/負けざる者たち』 (渋谷シネパレス)

原題 『INVICTUS』

祭りの中、黒と白が融和する。

invictus.jpgイーストウッド御大の映画だから、まず間違いない。そうした期待を裏切らない優れた作品だと感じた。ある白人の青年が、国家元首である黒人の支援を受けながら世界大会に臨んでゆくのだけれども、祭りの中、かつて対立していたふたつのものが融和し、協調をみせ、ついに栄冠を手にするまでの過程が描かれている。

美談だと思う。よく整えられた娯楽作品である。でも話が平坦ではなく、いろいろな想いを喚起させられるところに本作の魅力があるのだと感じた。たとえば、マンデラ大統領と彼の娘の関係。彼は、人種間の軋轢を埋める仕事に人生を捧げているのだけれど、他方で家族との間には問題を抱えているらしく、そのいろいろが彼と娘の関係に集約して描かれている。彼は娘に会いたいようなのだけれども、おそらく、娘は拒絶している。つまり彼は孤独なのだ。しかし孤独でありながら、あるいは孤独であるがゆえにということなのかもしれないけれど、マンデラは社会の、人々の融和を目指した。

しかし祭りの後、世界の何が変わったのだろう。と、知る限りの世界を見渡し、つい悲観的に考えがちになるのだけれど、おそらくイーストウッド監督が言いたいのは、諦めず、希望を持ち続けることがなにより大切だということなのだろう。実際、マンデラは、何十年もの間、独房の中で諦めなかったのだから。これはここ数年にわたるイーストウッド作品群に籠められている主要なテーマのひとつである。希望は、抱き続ける間、存在する。

あと、話の脇の部分で感じたのは、人を褒められる人間になりたいということで、マンデラが周囲の女性たちに優しい褒め言葉をかけるのだけれど、その度に心の中で復唱した。褒められると嬉しいし、だからきっと、人を褒めることはよいことなのだろう。

*****

先の金曜からワールドカップ南アフリカ大会が開幕。開催国である南アフリカは、初戦、メキシコと引き分け。
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2010年06月06日

味スタ、カップ戦

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昼前に起床。希望より早く目が醒めてしまったので、どうしようかとも思ったけれどそのまま起きて、着替え。で、下北まで歩き、久し振りのピッツァランチをいただく。おそらくスタッフが総入れ替えされたのだろう、店内の雰囲気が以前と少し違っていたけれど、味はかわらず、まずまずの食事。それから電車に乗り、乗り換えて、で、飛田給へ。

ゲームもまずまずの出来だった。得点でいうと、ヨングンのスーパーなFKで盛り上がりはしたけれど、その後は押しながらも、結果が出ず。とくに開始11分の鈴木、ゴールに背を向けていたとはいえ、あそこでフリーなのだから、すぐにターンしてシュートを決めてほしい。

でも、勝ったのだからよしとしよう。チームの動きが以前よりよくなっているような気もするし、ヨングンもそうだけれど、松下も馴染んできているようだし、あと、大竹が蘇りつつあるのがなにより。PA近くで切り返しながらゴールに迫るプレーだとか、彼のみせる個人技には心躍る。

まずまずの心持ちで、また下北から歩き。途中、バッグ屋に入って接客を受ける。買わなかったけれど、いろんな商売のあり方、生き方があるのだなあと当たり前のことを思いながら、スーパーにて買出し、自炊は鰹の刺身に冷奴、無添加キムチを添えて軽くすませた。
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